松平重親

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松平 重親(まつだいら しげちか、生年不詳 - 弘治4年1月10日(1558年1月29日))は、戦国時代の武将。松平光親の子。能見松平家2代。通称 傳七郎[1]。兄に松平親友がいる。

略歴

松平長親・信忠らに仕え、しばしば戦に従軍した[2]。弘治4年(1558年)1月10日に死去。法名は浄舜。墓所は能見観音寺[要曖昧さ回避] [2]。

参考文献

  • 『寛政重修諸家譜-1輯』(国民図書、1922年、172p)

脚注

  1. ↑ “能見松平家”. 2022年9月14日閲覧。
  2. 1 2 国民図書 1922, p. 172.

外部リンク