柳沢主尹

ウィキペディアから、無料の百科事典
 
柳沢主尹
時代 江戸時代後期
生誕 天明5年3月19日(1785年4月27日)[1]
死没 嘉永4年(1851年)
別名 吉太郎、八郎右衛門(通称)
墓所 東京都新宿区市谷河田町の正覚山月桂寺
幕府 江戸幕府 旗本
主君 徳川家斉、家慶
氏族 柳沢氏
父母 柳沢聴信、山中廣幸娘
子 正信
テンプレートを表示

柳沢 主尹(やなぎさわ もりただ)は、江戸時代後期の旗本。通称は吉太郎、のち八郎右衛門。

柳沢聴信の長男。母は山中廣幸の娘。子の正信が家督を継いだ。

年表

日付は旧暦。

脚注

  1. ↑ 町田市史編纂委員会編 『町田市史:上巻』 町田市、1974年、pp.1235

参考文献