栄龍

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栄龍(えいりゅう、1896年〈明治29年〉 - 没年不詳)は、明治時代末期から大正時代にかけて活動した東京・新橋の芸妓。本名は伊藤りの。1910年(明治43年)元日に新橋の「菊三升」でお披露目したとされ、三越呉服店や化粧品会社の広告、絵葉書などに登場する人気芸妓として知られた[1][2]。

経歴

1896年、名古屋に生まれた。本名は伊藤りのとされる[1]。

1910年1月1日、新橋の「菊三升」で芸妓としてお披露目した。このとき数え年14歳であったという[2]。

栄龍は三越呉服店のほか、平尾賛平商店の化粧品「レート」や桃谷順天館の「美顔水」などの広告に登場した。写真は絵葉書やブロマイドとしても流通し、当時の芸妓の肖像が商業広告や大衆向け写真文化に取り入れられた事例の一つとなっている[2][3]。

栄龍は、1911年(明治44年)1月1日発行の『日曜画報』第1巻第1号附録『全国新百美人』に掲載された。同資料の所蔵情報には「新橋 菊三升 栄龍」と記されている[4]。

栄龍の写真には、日本髪から束髪へと移行する時期の髪形や、リボンを取り入れた装いが見られる。こうした姿は、明治末期における女性の服飾流行と、芸妓の肖像が広く流通した状況を伝えている[2][5]。

晩年

栄龍は腸チフスに罹患した後、表舞台から姿を消したとする写真資料の解説がある。その後、新橋で質屋を営んだともいわれるが、晩年の詳しい経歴や没年は明らかになっていない[1]。

脚注

  1. 1 2 3 “70216-0035 - The Geisha Eiryu”. MeijiShowa. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
  2. 1 2 3 4 “明治の絵はがき美人 ② 新橋の芸妓、栄龍。化粧品広告によく登場しています!”. 化粧の日本史ブログ by Yamamura. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
  3. ↑ “美人投票とミスコンの歴史”. 探検コム. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
  4. ↑ “全國新百美人”. 東京大学 明治新聞雑誌文庫. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
  5. ↑ “芸妓 新橋菊三升栄龍”. ジャパンサーチ. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。

外部リンク