桂昌寺 (安中市)

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桂昌寺
本堂
本堂
所在地 379-0104
群馬県安中市下秋間112
位置 北緯36度20分19.2秒 東経138度53分50.6秒 / 北緯36.338667度 東経138.897389度 / 36.338667; 138.897389座標: 北緯36度20分19.2秒 東経138度53分50.6秒 / 北緯36.338667度 東経138.897389度 / 36.338667; 138.897389
宗派 曹洞宗
本尊 釈迦如来
創建年 長享年間
(1487- 89年)[1]
開山 天隠玄鎖[2](宍穏玄鎖[3] / 大穏玄鍈[1])
開基 安中出羽守忠親[3][2][1]
正式名 熊峯山(秋間山清光院)桂昌寺
文化財 桂昌寺の鐘(安中市指定重要文化財)
法人番号 4070005003046 ウィキデータを編集
桂昌寺の位置(群馬県内)
桂昌寺
桂昌寺
桂昌寺 (群馬県)
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桂昌寺(けいしょうじ)は、群馬県安中市下秋間にある曹洞宗の寺院。本尊は釈迦如来[3][2]。熊峯山(ゆうほうざん)(秋間山清光院(あきまやませいこういん))桂昌寺[2]。安中城の艮に位置し、鬼門封じの寺院として領主との関わりが深かった[2]。

概要

開山は天隠玄鎖[2](宍穏玄鎖[3] / 大穏玄鍈[1])、開基は松井田小屋城主・安中出羽守忠親[3][2][1]。開創は不明だが、開基薨去の永正3年(1506年)を開創年とする[3][2]。

一説に、新田氏によって創立されたとも伝える[3]。

元は桂昌院と称したが、元禄年間(1688年 - 1704年)に将軍・綱吉の生母が桂昌院を名乗ったため江戸幕府から「清光禅院」を称するよう命じられたが、時の住職は桂昌寺を称したという[2]。

本堂は享和3年(1803年)の建築、山門(楼門)も同じく享和3年(1803年)の上棟[4]。

境内には開基・安中忠親や、安中藩2代目藩主井伊直好夫人の墓がある[3][5]。

指定文化財

桂昌寺の鐘 - 安中市指定重要文化財。1973年12月25日指定[6]。安中藩2代目藩主である井伊直好の妻である長生院(ちょうせいいん)の菩提を弔うために、寛文3年(1663年)に鋳造。嘉永3年(1850年)に鋳直す[7][8][2]。

周辺

脚注

  1. 1 2 3 4 5 碓氷郡志 第11章 寺社宗教 p163
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 群馬県地域創生部文化財保護課 2022, p. 72.
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 安中市誌編纂委員会 1964, p. 788.
  4. ↑ 群馬県地域創生部文化財保護課 2022, pp. 155–158.
  5. ↑ 群馬県地域創生部文化財保護課 2022, p. 158.
  6. ↑ 安中市の文化財
  7. ↑ 安中市内指定文化財の詳細
  8. ↑ 安中市誌編纂委員会 1964, pp. 923–924.

参考文献

  • 安中市誌編纂委員会『安中市誌』安中市誌編纂委員会、1964年12月15日。doi:10.11501/3035350。 (要無料登録要登録)
  • 群馬県地域創生部文化財保護課『群馬県近世寺社総合調査報告書-歴史的建造物を中心に-寺院編』群馬県前橋市大手町一丁目1番1号、2022年3月18日(原著2022年3月18日)。doi:10.24484/sitereports.121894。 NCID BC14398038。https://sitereports.nabunken.go.jp/121894。