高知学芸高等学校卒業。在学中にSF研究会を創立、一年後輩のメンバーに宮脇孝雄がいた[1]。東京大学文学部心理学科卒。在学中は、東大SF研究会、一の日会等に参加。
高知放送に勤務し制作、報道などの仕事を経験する。1978年末に退社し上京。1979年短編『プアプア』で『SFマガジン』よりデビュー。
『SFアドベンチャー』の「森下一仁のショートノベル塾」には、森岡浩之、北野勇作、井上雅彦、鯨統一郎などの常連投稿者がいた[2]。また、川又千秋をひきついで講師をしていた空想小説ワークショップからは浅暮三文、深堀骨がデビューしている。
谷甲州らとともに、小松左京を中心とした『日本沈没』の第2部執筆プロジェクトに参加。
作家森下雨村の遠縁にあたる。息子にピアニスト森下唯がいる[3]。
日本推理作家協会会員。日本SF作家クラブでは、1994年から1995年に第12代事務局長だったが、2014年に退会。2021年4月に再入会した[4]。
2022年、SFファン活動への功績により柴野拓美章を受章した。日本SF大会で「SF小説創作講座」を続けてきたことが「SFファンダムの活性化に貢献」とされての受賞[5]。
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