森臨太郎

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森 臨太郎(もり りんたろう、1970年9月17日)は、日本および英国の小児科医師・元国連職員。

大阪大学大学院医学系研究科・次のいのちを守る人材育成教育研究センター・特任教授。国際協力機構・国際協力専門員(医師)。SPACe: Social Policy Action Collective・代表。京都大学大学院医学系研究科・客員教授。関西学院大学・国連外交統括センター・客員教授。

来歴・人物

1970年、兵庫県神戸市のパルモア病院で生まれる。小学校3年までは尼崎市の武庫南小学校に、4年からは西宮市の鳴尾北小学校に通う。長野県小谷村の真木共働学舎で夏休みを過ごし、さまざまな障がいとともに生きる人たちと、助け合って自給自足の小さな社会の一員となる経験から、お互いに支えあって暮らす社会のあり方を実体験から学ぶ[1]。

六甲学院中学校・高等学校を経て、1989年4月岡山大学医学部入学。阪神淡路大震災では、医療ボランティアチームの一員として、神戸市長田区の保健所で活動[1]。

1999年3月、岡山大学大学院医学研究科博士課程修了。2004年9月、英ロンドン大学熱帯医学・公衆衛生学大学院疫学修士課程修了。その後、国内外での幅広い市民参加型の医療や社会政策の研究・立案・導入の経験を積む[2]。大阪大学大学院医学研究科・特任教授、関西学院大学客員教授、京都大学客員教授を務める。

2018年からは国連人口基金で、国連職員としてアジア太平洋地域の少子高齢化関連政策を担当。2021年からは兵庫県宝塚市とタイ・バンコクの二拠点生活を送る[1]。

2023年、国連を退職し、大阪大学大学院医学系研究科の特任教授に就任。宝塚市に定住する[1]。

2025年2月、宝塚市長選挙に立候補を表明する[3]。

略歴

  • 1995年 - 淀川キリスト教病院・岡山大学病院・国立福山病院での小児科研修医・レジデント
  • 1999年 - 国立福山病院小児科医師・付属看護学校講師
  • 2000年 - オーストラリア・アデレード母子病院新生児科中級専門医
  • 2003年 - オーストラリア・キャンベラ総合病院 新生児科コンサルタント(上級医)
  • 2004年 - 英国・国立母子保健共同研究所 リサーチフェロー
  • 2007年 - 大阪府立母子保健総合医療センター・企画調査室長(世界保健機関勤務中は休職)
  • 2008年 - 世界保健機関・テクニカルオフィサー(本部、P‐4)
  • 2009年 - 東京大学大学院・医学研究科・国際保健政策学・准教授
  • 2011年 - 一般社団法人・国際母子保健共同研究所・所長
  • 2012年 - 国立成育医療研究センター・政策科学研究部長
  • 2018年 - 国連人口基金・地域アドバイザー(アジア太平洋地域事務所、P‐5)アジア太平洋地域の少子高齢化に関する政策支援担当
  • 2023年 - 大阪大学大学院医学系研究科 特任教授。SPACe: Social Policy Action Collective・代表

著書

  • 『イギリスの医療は問いかける 良きバランスへ向けた戦略』(2008年)(医学書院)
  • 『持続可能な医療を創る グローバルな視点から見た提言』(2013年)(岩波書店)
  • 『ひとの病いと社会の病い』(2025年)(個人出版)

共著

  • 『科学的根拠に基づいた新生児慢性肺疾患の診療指針 改訂2版』(田村正徳、森臨太郎編集)(2010年)(メディカ出版)
  • 『ほんとうに確かなことから考える妊娠・出産の話 コクランレビューからひもとく』(森享子共著)(2018年)(医学書院)

脚注

  1. 1 2 3 4 “プロフィール”. 森臨太郎公式サイト. 2025年2月15日閲覧。
  2. ↑ “タイが医療大国になれた理由―海外の医師はこう考える vol.4 | キャリアデザインラボ | m3.com”. career-lab.m3.com. 2025年2月15日閲覧。
  3. ↑ “宝塚市長選、医師の森臨太郎氏が立候補表明「地域に寄り添う政策を」 4月13日投開票” (Japanese). 神戸新聞NEXT (2025年2月4日). 2025年2月15日閲覧。

外部リンク