森 重隆(もり しげたか、1951年11月6日 - )は、日本の元ラグビー選手、指導者。元日本ラグビーフットボール協会会長。2022年より名誉会長に就任

プロフィール

経歴

福岡県立福岡高等学校入学後にラグビーを始め、高校2・3年時には全国大会(花園)に出場した。

1969年、明治大学に進学しラグビー部に入部。1年時から試合に出場する[1]。

1974年、新日鉄釜石(後の釜石シーウェイブス)に入社。主将・選手兼任監督として日本選手権4連覇に貢献した。

日本代表には1974年春から選出され、センターとして活躍。8試合主将も務めた。

プレーの特徴は、100m11秒2の俊足を生かした弾ける様なステップとランで、トライを量産した。明治大学の北島忠治監督から「糸の切れた凧」と評される程、奔放でスピードのある選手だった。

30歳で現役を引退し、1991年に実家の硝子店を継ぐ[2]。

1993年、母校の福岡高校ラグビー部のコーチとなり、1995年から監督を務める。2010年には同高を全国大会(花園)出場に導いた[3]。

2015年、日本ラグビーフットボール協会副会長及び九州ラグビーフットボール協会会長に就任[4]。

2019年、日本ラグビーフットボール協会会長に就任。

関連項目

脚注

  1. ↑ 笹川スポーツ財団 スポーツ 歴史の検証
  2. ↑ “OHI(オー・エイチ・アイ)の10周年を記念した特設サイト「福岡のイマとコレカラ(イマコレ)」”. www.ohi-pm.jp. 2019年2月16日閲覧。
  3. ↑ 当時、福岡堅樹選手が在籍していた“25年4月 福岡堅樹(高63回卒)が日本代表に!”. 福中・福高ラグビー部. 2020年8月7日閲覧。。
  4. ↑ 釜石のレジェンド 森重隆氏が九州協会会長に就任 まずは1万人動員だ!
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