森長国

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森長国
時代 江戸時代後期
生誕 文化7年(1810年)
死没 安政4年11月8日(1857年12月23日)
改名 芝二郎、長国
戒名 長国院殿寿山日行大居士
墓所 東京都大田区池上の本行寺
官位 従五位下佐渡守
幕府 江戸幕府
主君 徳川家斉→家慶
藩 播磨三日月藩主
氏族 森氏
父母 父:森長義、母:側室
養父:森長篤
兄弟 長国、関長道、高辻以長室、貞子、南部信誉正室ら
妻 正室:小笠原長貴の娘
子 虎松丸、俊滋、於城
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森 長国(もり ながくに)は、江戸時代後期の大名。播磨国三日月藩の第8代藩主。官位は従五位下佐渡守。

略歴

第6代藩主・森長義の長男として父が隠居した翌年に江戸にて誕生。幼名は芝二郎。

文化13年(1816年)10月16日、養父森長篤の死去により、末期養子として家督を継いだ。文政9年(1826年)10月15日、11代将軍徳川家斉に拝謁した。同年12月16日、従五位下佐渡守に叙任した。嘉永元年(1848年)9月10日、隠居し、次男俊滋に家督を譲った。

安政4年(1857年)11月8日に48歳で死去した。法号は長国院殿寿山日行大居士。墓所は東京都大田区池上の本行寺。

系譜