榎井王

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榎井王
時代 奈良時代
生誕 不詳
薨去 不詳
官位 無位無官か?
父母 父:施基親王(志貴皇子)
兄弟 春日王、湯原王、榎井王、光仁天皇、壱志王、海上女王、坂合部内親王、衣縫内親王、難波内親王
子 神王、榎本王
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榎井王(えのいおう/えのいのおおきみ)は、天智天皇の孫で、二品・施基親王(志貴皇子)の子。無位無官か。

経歴

天智天皇の孫にあたるが、各種史書上に叙位任官の記録はない。天平9年(737年)橘少卿(橘諸兄または橘佐為)及び諸大夫らが門部王の邸宅に集って宴会を催した際、門部王の来客を歓迎する歌に和して詠んだ歌が『万葉集』に残っている[1]。

没後の宝亀元年(770年)に兄弟の白壁王が即位(光仁天皇)し、志貴皇子の子女を親王・内親王として扱うこととしたため[2]、榎井親王とも記される[3]。

系譜

脚注

  1. ↑ 『万葉集』巻6-1015
  2. ↑ 『続日本紀』宝亀元年11月6日条
  3. ↑ 『日本後紀』延暦25年4月24日条
  4. ↑ 宝賀[1986: 121]

参考文献