樋高リオ

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樋高 リオ
基本情報
本名 樋高 法正
通称 ヘビー級最強の男
階級 ヘビー級
身長 178.5cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1981-02-05) 1981年2月5日(45歳)
出身地 大阪府東大阪市
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 15
勝ち 12
KO勝ち 10
敗け 3
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樋高 リオ(ひだか リオ、1981年2月5日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府東大阪市出身。元WBCアジア(ABCOコンチネンタル)ヘビー級王者。

来歴

オーストラリア拠点時

日本人初のボディビルで世界一になった杉田茂が代表を務めるウエイトトレーニングジム"Mr.U Gym"で元アマチュア世界王者のトレーナーと出会い見出され、オーストラリアに渡り、現地のプロライセンスを取得。

2006年8月31日、ニュージーランドのオークランドでデビュー戦を行い、2回KO勝利。

その後、JBCライセンスも取得し、2006年10月29日にIMPホールでの白坂貴昌(現・タカシラサカ)戦で国内デビュー。3回KO勝利。

オーストラリア時代の戦績は4戦4勝3KO。

ATSUMIジム移籍

2009年9月にJBCがヘビー級を含む重量級4階級の日本ランキングを新設および再設置したことに伴い3年ぶりに帰国、仲里・ATSUMIボクシングジム所属になる。[1]

2010年5月8日、大阪府立体育会館にて名城信男のWBA世界スーパーフライ級タイトルマッチの前座として金起男(韓国)と対戦し、4年ぶりの国内戦を3回TKO勝利で飾る。

2011年、新設された西日本新人王決定戦ヘビー級に出場。同年4月10日、1回戦でマサ竹蔵と対戦し、1回TKO勝利。

同年9月11日、決勝戦でタカシラサカと再戦し、2回KO勝利で初代西日本ヘビー級新人王を獲得した[2][3]。

2012年12月、仲里・ATSUMIボクシングジムのトラブル、分裂により渥美ボクシングジムに移籍。

2013年2月17日、クラレンス・ティルマンと8回戦を行い大差判定勝利し、デビュー戦からの全勝記録を10に伸ばした[4]。

2013年5月24日、K-1からボクシングに転向し、連勝を重ねていたのグレゴリー・トニーと対戦し、互いに手数が少ない中、身長、リーチ共に勝るトニーが優勢で試合を進め、結局そのまま試合が終了し0-3の判定負けで11戦目にして連勝はストップしプロ初黒星となった[5]。

2013年7月25日、後楽園ホールで行われた日本ヘビー級挑戦者決定戦で竹原虎辰と対戦し、8回0-3(74-78、75-78、76-77)の判定負けを喫し藤本京太郎への挑戦権獲得に失敗した[6]。

再度の海外挑戦

2015年2月15日、リサール州アンゴノでデビッド・コスワラとWBCアジア(ABCOコンチネンタル)ヘビー級王座決定戦を行い、初回1分1秒失神KO勝ちで王座獲得に成功した。翌年、同王座を返上。世界に挑戦と、欧米諸国民を渡り歩いた後に渡米するも、怪我で3年間苦しんだ。

怪我から復帰してからは、一年半もの間対戦相手からキャンセルされ続け、その後パンデミックの動けない3年を経験し、諦めずに突き進んで、2024年11月復帰戦でKO勝ちした。2025年12月でもKO勝利している。

戦績

  • プロボクシング:14戦12勝(10KO)2敗

獲得タイトル

  • 西日本ヘビー級新人王
  • ABCOコンチネンタルヘビー級王座

脚注

  1. ↑ 久高、世界へ足腰強化 仲村らと名護合宿 沖縄タイムス 2010年6月9日閲覧
  2. ↑ “日本初、ヘビー級新人王に樋高リオ ボクシング西日本”. 朝日新聞. 2011年9月11日. 2011年9月11日時点のオリジナルよりアーカイブ.
  3. ↑ “西日本新人王戦 樋高らがV/ボクシング”. 日刊スポーツ. 2011年9月12日.
  4. ↑ “ヘビー級樋高が不敗の10連勝マーク”. ボクシングニュース「Box-on!」. 2013年2月18日.
  5. ↑ “ヘビー級 樋高の連勝止まる”. ボクシングニュース「Box-on!」. 2013年5月25日.
  6. ↑ “藤本がKOでピーター下す 日本ヘビー級決定戦”. ボクシングニュース「Box-on!」. 2013年7月25日.

関連項目

外部リンク