横山雅美
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 基本情報 | ||||
| 国籍 |
| |||
| 生年月日 | 1981年12月12日(42歳) | |||
| 出身地 |
| |||
| ラテン文字 | Masami Yokoyama | |||
| 身長 | 171cm | |||
| 体重 | 57kg | |||
| 血液型 | O型 | |||
| 選手情報 | ||||
| 愛称 | チャミ | |||
| ポジション | S | |||
| 指高 | 211cm | |||
| 利き手 | 右 | |||
| スパイク | 285cm | |||
| ブロック | 272cm | |||
来歴
東京都江東区出身。小学校2年生よりバレーボールを始める。成徳学園高校時代は春高バレー等に出場。嘉悦女子短大では、2001年ユニバーシアード日本代表、2000年・2001年学生選抜東西対抗戦メンバーに選出された。
所属チーム
2002年デンソーエアリービーズに入団。2003年ユニバーシアード日本代表に再び選出され主将を務めた。2005年、第11回Vリーグではチームを3位へ導いた。2008年、2007/08Vプレミアリーグにおいてチーム初となる準優勝に貢献。同年5月開催の第57回黒鷲旗大会では初優勝を果たした。
2010年6月にデンソーを退部し、8月日立リヴァーレに移籍した。2011年5月に退社[1]。2011年からはアゼルバイジャンのイトゥサチ・バクーへ移籍し、海外でのプレーを選択した[2]。
全日本代表として
2005年、全日本代表候補選手に選出された。2009年4月、全日本女子代表メンバーに登録されたが、怪我のため辞退。2010年4月、再び全日本代表となった[3]。同年6月のモントルーバレーマスターズ、12月のアジア大会で日本代表として出場した。
引退後
2012年、現役を引退し、株式会社ミズノへ入社した[4]。ミズノに勤務する傍ら、競技普及活動としてバレーボール教室の講師、指導やイベント開催を行っている。また、DAZNのV.LEAGUE中継では解説を担当していた。
球歴
- 全日本代表 - 2009-2010年
所属チーム
脚注
- ↑ 退部者からのご挨拶(2010年度) 日立リヴァーレ レポート
- ↑ 元日本代表・横山がアゼルバイジャンへ MSN産経ニュース 2011年8月9日
- ↑ 月刊バレーボール 2010年7月号 20ページ
- ↑
外部リンク
- 日本バレーボールリーグ機構の旧サイトにおけるプロフィール - ウェイバックマシン(2018年10月18日アーカイブ分)
- マネジメント会社ウェブサイト