| 横手公園 | |
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南西方向から眺める横手城模擬天守 | |
| 分類 | 都市公園(総合公園) |
| 所在地 | |
| 座標 | 北緯39度19分15.82秒 東経140度34分9.22秒 / 北緯39.3210611度 東経140.5692278度 |
| 面積 | 38.90ha |
| 設計者 | 長岡安平 |
| 運営者 | 横手市 |
| 現況 | 年中開放 |
| 設備・遊具 | 郷土資料館・展望台、バラ園、池、野球場、児童広場 |
| 駐車場 | あり |
| アクセス | 横手駅から徒歩約25分 |
| 告示 | 1968年4月23日 |
| 公式サイト | 横手公園 |
横手公園(よこてこうえん)は、秋田県横手市にある都市公園(総合公園)[1]。
明治時代の著名な造園家である長岡安平によって造園された公園で、かつて横手城の本丸が置かれていたことから、市民からは「お城山(おしろやま)」と呼ばれ親しまれている[2]。園内には横手城の模擬天守があり、郷土資料館と展望台を兼ねる施設となっている[3]。
1873年(明治6年)1月15日、勝区や旧跡を公園とし「万人偕楽の地」にすることを推奨する太政官布告が布達され、日本で初めて制度上の「公園」が誕生した。秋田県内においても、1895年(明治28年)12月に県会でこれを推進することとし、県内の公園設計を長岡安平へ依頼した[4]。1897年(明治30年)11月に久保田城跡に千秋公園(秋田市)が、1902年には横手公園が設計された[5]。現在の横手公園の基本設計となるもので、1908年(明治41年)には公園として城跡が横手町(当時)に移管された[5]。
1960年代に入ってから、横手市は観光施設の整備を積極的に行うようになり、まず初めに横手公園の整備に着手した[2]。当時より横手公園の敷地は広大で、草木の整備が行き届いていない状況になっていたため、公園の管理を畑儀三郎に委ね、園内の整備を依頼した[2]。畑儀三郎は熱心に公園整備を進め、園内路の整備やサクラ、ツツジの植樹を行った[6]。市では、1961年(昭和36年)に牛沼に蓬莱(ほうらい)橋をかけ、1965年(昭和40年)11月[3]には横手城模擬天守を完成させた[6]。また、武者溜跡に噴水を、大谷地の高台には平和観音を、牛沼東側にはバラ園を設置するなどした[6]。噴水は、横手ロータリークラブの創立10周年を記念して武者溜広場に整備されたもので、直径8m、噴水口は11個で高さは7m[3]。設計は畑儀三郎で、総工費150万円[3]。現在、噴水は撤去されており、駐車場となっている。
2007年(平成19年)2月15日には日本の歴史公園100選に選定された。


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