横谷重氏
横谷 重氏(よこや しげうじ、生年不詳 - 1615年)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての忍者。真田氏の家臣。通称は庄八郎。兄に横谷幸重、横谷幸秀がいる[1]。
経歴
横谷惣右衛門の三男として生まれた。
1600年(慶長5年)のいわゆる犬伏の別れでは、重氏は兄と共に真田昌幸に仕えた[2]。その後、重氏は昌幸の次男である真田信繁(幸村)に仕え、信繁が高野山に配流となった際には同行した[3]。大坂夏の陣で信繁と共に討ち死にした[1]。
脚注
- 1 2 “時を超えて真田忍軍の末裔たちが集まった信州上田NINJAフェスティバルレポート”. Ninjack (Ninjack). (2021年1月28日) 2025年1月15日閲覧。
- ↑ “三原三騎・吾妻四騎の横谷左近の本拠地”. 吾妻の歴史を語る (東吾妻城壘史研究会). (2022年9月1日) 2025年1月15日閲覧。
- ↑ “真田家臣「横谷家」随想録 newspaper= ライフアシストな日々”. 株式会社 上燃ライフアシスト. (2010年1月15日) 2025年1月15日閲覧。