歩兵第321連隊

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歩兵第321連隊
創設 1945年(昭和20年)
廃止 1945年(昭和20年)
所属政体 大日本帝国の旗 大日本帝国
所属組織  大日本帝国陸軍
部隊編制単位 連隊
兵種/任務 歩兵
所在地 千葉県 佐倉
編成地 佐倉[1][2][3]
通称号/略称 総武27695[1][3]
最終上級単位 第230師団
最終位置 広島県 原[1]
戦歴 太平洋戦争
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歩兵第321連隊(ほへいだい321れんたい、歩兵第三百二十一聯隊)は、大日本帝国陸軍の連隊の一つ。

沿革

太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)、第三次兵備により本土決戦に備え新設された第230師団の歩兵連隊の一つとして千葉県印旛郡佐倉町で編成された[1]。同年7月23日、軍旗拝受[3]。広島県賀茂郡原村(八本松町を経て現東広島市)にて駐留中に終戦を迎えた[1][注 1][注 2]。

連隊の軍旗は、戦後、軍旗奉焼の特別命令が下る中で連隊長が保管。後年、靖国神社に収められた[4]。

歴代連隊長

歴代の連隊長
(特記ない限り陸軍大佐)
代氏名在任期間出身校・期備考
1後藤四郎[2]1945.6.5[2] - 終戦[3]陸士41期[2][5]中佐[2]

脚注

注釈

  1. ↑ 『地域別日本陸軍連隊総覧 歩兵編』123頁では山口県の沿岸防御中に終戦とある。
  2. ↑ 後藤連隊長の著書『軍命違反「軍旗ハ焼カズ」―陸軍へんこつ隊長手記』には、原爆被災後の広島市内にて救援活動中に終戦とある。

出典

  1. 1 2 3 4 5 「第59軍」 アジア歴史資料センター Ref.C12121380700 
  2. 1 2 3 4 5 外山、森松 1987, 1139頁.
  3. 1 2 3 4 新人物往来社 1990, 123頁.
  4. ↑ 日置英剛『年表 太平洋戦争全史』国書刊行会、2005年10月31日、741頁。ISBN 978-4-336-04719-9。
  5. ↑ 山崎 1990, 241頁.

参考文献

  • 外山操、森松俊夫 編著『帝国陸軍編制総覧』芙蓉書房出版、1987年。 
  • 山崎正男 編『陸軍士官学校:保存版』(第8)秋元書房、1990年。 
  • 『地域別日本陸軍連隊総覧 歩兵編』新人物往来社〈別冊歴史読本 特別増刊第24号 戦記シリーズ〉、1990年。 

関連項目