永池恭男

ウィキペディアから、無料の百科事典
永池 恭男
2018年5月27日 明治神宮野球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県春日市
生年月日 (1973-10-05) 1973年10月5日(50歳)
身長
体重
177 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 1991年 ドラフト2位
初出場 1993年7月18日
最終出場 2005年9月25日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 東北楽天ゴールデンイーグルス (2007 - 2011, 2015)
  • 横浜DeNAベイスターズ (2016 - 2023)

永池 恭男(ながいけ やすお、1973年10月5日 - )は、福岡県春日市出身の元プロ野球選手(内野手)、コーチ。右投右打。1998年から2000年までの登録名は「永池 們多」(ながいけ もんた)。

来歴・人物

楽天コーチ時代(2015年 西武プリンスドームにて)

福岡工大付高では2年夏に県大会準優勝、3年夏は同ベスト8[1]。通算20本塁打を放ち、ドラフト2位で1992年、横浜大洋ホエールズに入団。

1993年7月18日、対阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)でプロ初出場。

1997年オフ、阿波野秀幸とのトレードで読売ジャイアンツへ移籍。

1998年、自身最多の65試合に出場。

1999年8月4日、対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)で、河端龍からプロ初本塁打を放った。

2002年オフ、小野仁と共に吉川元浩、中濱裕之とのトレードで大阪近鉄バファローズへ移籍。

2004年9月27日、シーズン最終戦となった対オリックス戦では、8回表に横浜時代の同僚だった戸叶尚から左前安打を放ち、これが近鉄球団最後の安打となった。3日後の9月30日には藤井寺球場での最終試合となるウエスタン・リーグ優勝決定戦(対中日ドラゴンズ)に出場したが、チームは6-12で敗れ、永池は9回裏2死で翌年から同僚となる小山伸一郎の前に三飛に倒れ、近鉄球団最後の公式試合の最終打者となった。10月6日に球団合併による分配ドラフトを前に戦力外通告を受ける[2]が、東北楽天ゴールデンイーグルスが獲得。

2006年、出場機会はゼロに終わり、シーズン終了直前に戦力外通告を受け、打診されていた二軍育成コーチ(野手担当)に就任した。

2008年からは二軍内野守備走塁コーチを務め、2010年5月11日からは福原峰夫の後任として一軍内野守備走塁コーチとなる[3]が、2011年5月15日に再び育成コーチ(野手担当)に配置転換となった[4]。

2011年シーズン終了後に退任し[5]、2012年からはプロスカウト(スコアラー)を務めた[6]。

2015年に一軍内野守備走塁コーチとして現場復帰。一塁ベースコーチも務めたが、この年限りで退団した。

同年10月30日、2016年から二軍内野守備走塁コーチとして横浜DeNAベイスターズに19年ぶりに復帰することが発表された[7]。2017年も同コーチを務め、2018年から2021年までは一軍内野守備走塁コーチを担当[8]。2022年は二軍守備走塁コーチに配置転換された[9]。同年8月12日、一軍の内野守備走塁コーチの田中浩康が新型コロナウィルスの陽性判定を受けたため、8月18日まで一軍で代役を務めた[10]。2023年からは二軍内野守備走塁コーチに役職名が変更となり[11]、同年限りで退任[12]、球団スタッフへと転任した[13]。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
1993 横浜 2335287600061001060030.214.353.214.567
1994 4689717172001932061902101.239.337.268.605
1995 3142314810094004061160.258.395.290.685
1996 2137292210030005030060.069.156.103.260
1997 2221181100010000030040.056.190.056.246
1998 巨人 6534316701091011020041.226.273.290.563
1999 22262266101107002020040.273.333.455.788
2000 11442200151000000000.500.5001.2501.750
2002 1115131200020000020011.154.267.154.421
2003 近鉄 344739911310166002060072.282.378.410.788
2004 275747311100122005140071.234.288.255.544
2005 楽天 36363176101102012030031.194.265.323.587
通算:12年 3494433645579102310227222824613557.217.308.280.589

記録

初記録

背番号

  • 55(1992年 - 1997年)
  • 62(1998年)
  • 32(1999年 - 2002年)
  • 37(2003年 - 2006年)
  • 89(2007年 - 2011年)
  • 73(2015年)
  • 88(2016年 - 2023年)

登録名

  • 永池 恭男(ながいけ やすお、1992年 - 1997年、2001年 - 2006年)
  • 永池 們多(ながいけ もんた、1998年 - 2000年)

脚注

  1. ↑ '94スポニチプロ野球手帳 スポーツニッポン新聞社
  2. ↑ 「近鉄、赤堀、加藤ら8選手に戦力外通告」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2004年(平成16年)10月7日付朝刊、22面(スポーツ面)。
  3. ↑ “コーチ人事について”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2010年5月11日). 2011年10月21日閲覧。
  4. ↑ “コーチ人事について”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2011年5月15日). 2011年10月21日閲覧。
  5. ↑ “【楽天】高浦氏ら4コーチと契約結ばず”. 日刊スポーツ (2011年10月20日). 2011年10月21日閲覧。
  6. ↑ “組織変更およびチームスタッフに関して”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2012年1月23日). 2013年12月16日閲覧。
  7. ↑ “2016年度 横浜DeNAベイスターズコーチングスタッフ決定”. 横浜DeNAベイスターズ (2015年10月30日). 2022年11月1日閲覧。
  8. ↑ “DeNA万永コーチ 2軍監督就任へ 永池コーチが1軍昇格”. スポーツニッポン. (2017年11月5日) 2021年12月1日閲覧。
  9. ↑ “2022年シーズン コーチングスタッフ決定のお知らせ”. 横浜DeNAベイスターズ (2021年12月1日). 2021年12月1日閲覧。
  10. ↑ “【DeNA】オースティン、三上朋也、田中浩康コーチがコロナ陽性 2軍から永池恭男守備走塁コーチ異動”. スポーツ報知 (2022年8月12日). 2022年8月20日閲覧。
  11. ↑ “DeNA、来季のコーチ陣を発表 相川亮二氏がチーフ作戦を兼任、青山道雄氏は巡回コーチ”. Full-Count (2022年11月1日). 2022年11月1日閲覧。
  12. ↑ “DeNAの永池恭男コーチ、藤田和男コーチが今季限りで退任へ”. (2023年10月4日) 2023年10月11日閲覧。
  13. ↑ “DeNAが来季の組閣を発表 引退の藤田一也氏が入閣、斎藤隆氏らは球団スタッフに”. Full-Count (2023年10月23日). 2023年10月23日閲覧。

関連項目

外部リンク