江上フジ(1955年)

江上 フジ(えがみ ふじ、1911年4月27日 - 1980年6月27日)は、日本の婦人問題研究家、第二次世界大戦前から戦後にかけて長く日本放送協会に勤め、ラジオの幼児向け番組や女性向け番組の制作に関わり、退職後は、東郷女子学生会館館長、東郷学園長などを歴任した[1][2]。女性放送ジャーナリストの先駆者とされる[3]。

経歴

日本統治時代の朝鮮の元山市に生まれる[2]。

1933年に、ランバス女学院保育専修部(後の聖和女子大学の前身)を卒業して、関西学院カレッジセツルメント大阪暁明館に入職した[1]。この年、日本放送協会の大阪放送局で、自作の童話を朗読し、ラジオ放送に関わるようになった[3]。

1941年、日本放送協会の東京放送局に入局して、『幼児の時間』、『婦人の時間』などの制作にあたった[3]。1948年にラジオ局社会部婦人課長となったが、これはNHK初の女性管理職への登用であった[3]。1950年には、放送事情の視察のためアメリカ合衆国を訪問した[4]。以降は、1959年に婦人少年部長となり、1961年に考査室次長、1965年に考査室長を経て、1967年に退職して、教育局顧問、会友となった[1]。退職後には、1969年に日本女性放送者懇談会を創設して初代会長となり、婦人問題企画推進会議の委員などを歴任した[3]。

同年に、東郷女子学生会館館長となり、次いで1974年に東郷学園長となった[1]。このほか、米価審議会委員なども勤めた[2]。

1975年3月6日、石原慎太郎が東京都知事選挙への出馬会見をホテルニューオータニで開催。江上は黛敏郎や遠藤周作らとともに推薦者として壇上に上がった[5]。

1980年6月27日、死去。

脚注

  1. 1 2 3 4 「江上フジ」『20世紀日本人名事典』。コトバンクより2024年8月23日閲覧。
  2. 1 2 3 「江上フジ」『デジタル版 日本人名大辞典+Plus』。コトバンクより2024年8月23日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 島田,2019,p.70
  4. ↑ 島田,2019,p.72
  5. ↑ 太田欣三 編『東京は燃えた…』創世記、1975年7月10日、10–18頁。

参考文献

外部リンク

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