沢田豊丈

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沢田 豊丈(さわだ とよたけ、1881年(明治14年)4月16日[1] - 没年不詳)は、朝鮮総督府官僚。

経歴

岡山県に国富与三郎の二男として生まれ、岡山県会議員の沢田正泰の養子となった[1]。妻は正泰の四女[2]。1907年(明治40年)、東京帝国大学法科大学独法科を卒業[1]。山形県事務官、朝鮮総督府書記官、同道事務官、監察官、慶尚南道知事、慶尚北道知事を歴任した[1]。

退官後は、東洋拓殖株式会社理事、朝鮮電気興業株式会社取締役、朝鮮電力株式会社監査役などを務めた[3]。

脚注

参考文献

  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第12版』帝国秘密探偵社、1937年。 
  • 人事興信所編『人事興信録 第14版(上)』人事興信所、1943年。