河野瑞夏

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河野瑞夏(こうの みずか、2000年8月18日 - )は、日本の会社員、元モデル。ミス日本2022として知られる。

経歴

東京都出身[1]。2000年8月18日、生まれる[2]。

2019年4月1日[3]、国際基督教大学教養学部入学[4]。2019年春には食事を極端に減らすようになる。本人によると、人間関係をうまく築けるか不安で、瘦せてきれいになれば存在を認めてもらえるかもしれないという気持ちがあった。空腹を覚えるとコーヒーを飲み、酢昆布やガムを噛んでしのいだ[3]。

2020年にはコロナ禍をきっかけに自宅にいる時間が増える。この頃、過食が始まる。食べては吐くことを繰り返した。吐いたものを片付けずにそのままにしたこともあるが「心の1%ぐらい、親に気付いてほしいと思っていた」(北海道新聞による)[3]。一時は171センチの身長がありながら体重が39キロに減少した。後にミス日本に選ばれた際「解決策が分からない中で、一緒に前を向いて走ってくれた家族に感謝です」と述べている[4]。

通院開始から1年、体重も52キロまで回復した3年生の夏、自身の経験が摂食障害の啓発に役立つかもと考え、ミス日本に応募[5]。3年生在籍中の2022年1月24日、都内で行われた「第54回ミス日本コンテスト2022」で優勝、ミス日本に選ばれる。このときはモデルとして事務所に所属もしているが「学業とミスコンへの挑戦で全然できていない」と苦笑いしていた。また、「今後はモデルではなくメディアに関わる仕事をして、自分の持ち前の発信力を生かしていきたい。人と人をつなぐミス日本になりたいと思います」とコメント[6]。

2022年12月現在、過食も残ってはいるが、以前に比べ心の余裕ができた。「体形に関係なく一人一人に美しさはあるし、大切な存在だと伝えたい」と述べる[3]。

大学卒業後は電通に就職。2024年より化粧品および宝飾品の分野でプランナーとして働く。2025年、一般社団法人日本広告業協会が主催する第54回懸賞論文の「新人部門」で入選[7]。

人物

  • 趣味は映像制作、ダンス、珈琲を淹れる事。特技はダンス、英会話[1]。

脚注

  1. 1 2 “ミス日本グランプリ 河野 瑞夏”. missnippon.jp. 2024年7月23日閲覧。
  2. ↑ “【ミス日本】国際基督教大学3年、河野瑞夏さんがグランプリ 摂食障害乗り越え「人と人をつなぐミス日本に」”. mantan-web.jp (2022年1月24日). 2026年10月14日閲覧。
  3. 1 2 3 4 「摂食障害は恥じゃない」『北海道新聞』2022年12月14日、夕刊、1頁。2026年10月15日閲覧。
  4. 1 2 “河野瑞夏さんが「ミス日本」グランプリ 摂食障害で一時体重30キロ台も「家族に感謝」”. sanspo.com (2022年1月24日). 2022年1月25日閲覧。
  5. ↑ 「ミス日本 自身の経験発信」『読売新聞』2023年2月17日、朝刊、16頁。2026年10月15日閲覧。
  6. ↑ “ミス日本2022に国際基督教大3年河野瑞夏さん 夢はジャーナリスト「モデルではなくメディアに関わる仕事を」”. chunichi.co.jp (2022年1月24日). 2022年1月25日閲覧。
  7. ↑ “第54回 懸賞論文 受賞者 河野 瑞夏氏”. 一般社団法人日本広告業協会. 2026年10月15日閲覧。