治療と仕事の両立支援
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治療と仕事の両立支援(ちりょうとしごとのりょうりつしえん)は、疾病を抱える労働者が、仕事を理由として治療の機会を逃すことなく、また治療の必要性を理由として職業生活の継続を妨げられることなく、適切な治療を受けながら働き続けられるようにするための取組の総称である。法令上は「治療と就業の両立支援」とも称される。
厚生労働省が2016年に公表した「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」を中心に普及が図られてきた取組であり、2026年4月1日からは、改正労働施策総合推進法に基づき、事業主が両立支援のための必要な措置を講じることが努力義務とされ、厚生労働大臣の定める「治療と就業の両立支援指針」が適用されている。
概要
両立支援の考え方は、2012年8月に厚生労働省の「治療と職業生活の両立等の支援に関する検討会」がまとめた報告書で示された。同報告書は、治療と職業生活の両立を、病気を抱えながらも働く意欲・能力のある労働者が、仕事を理由として治療機会を逃すことなく、また、治療の必要性を理由として職業生活の継続を妨げられることなく、適切な治療を受けながら生き生きと就労を続けられることと整理した[1]。
背景には、診断・治療技術の進歩により、かつては長期の入院や離職を余儀なくされた疾病でも、通院治療を続けながら就労を継続できる場合が増えたことがある。2016年当時の推計では、仕事をしながら通院してがんの治療を受ける人は全国で約33万人に上るとされた[2]。一方で、疾病を抱える労働者が離職する時期の8割以上は治療開始後であるとの分析もあり、本人の就業継続の希望があっても、職場の理解や支援体制が不十分なために就業を断念する例が少なくないとされる[3]。
両立支援は私傷病を対象とするものであり、労働者本人が支援を求める申出を行うことを端緒とし、本人の同意なく疾病に関する情報を扱わないことが原則とされる。支援の実施に当たっては、労働者本人、事業者、人事労務担当者、産業医等の産業保健スタッフ、そして治療を担当する主治医が、様式を用いて情報を共有しながら連携する枠組みが示されている。 [4]
歴史
ガイドラインの策定
厚生労働省は2016年2月23日、「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」を公表した(同日付けで関係通達が発出された)。ガイドラインはその後「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」と称されるようになり、関係者の役割、事業場における環境整備、個別の労働者への支援の進め方、疾病別の留意事項などを示した[5][6]。
2017年3月に決定された政府の「働き方改革実行計画」でも、病気の治療と仕事の両立支援の推進が掲げられ、両立支援コーディネーターの養成など普及策が進められた[7]。2021年には、都道府県労働局に「地域両立支援推進チーム」を設置し、自治体や地域の支援機関と連携して両立支援を推進する体制が整えられた[8]。
ガイドラインはその後も改訂が重ねられ、様式例の改訂では、労働者が事業場を介さず自ら主治医に勤務情報を提供し、主治医が就業上の意見を示すための「治療と仕事の両立支援連絡カード」の様式例が追加された。これは、主治医から就業に関する意見を得た労働者の多くが、一般診療の場で口頭により勤務情報を伝えていた実態を踏まえたものである[9]。
医療機関側の体制整備
医療機関と職場の連携を担う人材の養成は、労働者健康安全機構が労災病院等で実施した治療就労両立支援モデル事業を起点とする。同機構は2015年度から両立支援コーディネーターの養成研修を開始し、当初は機構職員を対象としたが、2017年度から医療従事者、企業の労務担当者、社会保険労務士、患者団体関係者など一般にも対象を拡大した。2018年度からは、厚生労働省の通達により研修カリキュラムが明示され、これに沿った内容で実施されている[10]。
診療報酬でも両立支援が評価されるようになった。2018年度の診療報酬改定で、主治医が勤務情報を踏まえて療養上の指導を行い、事業場の産業医等へ情報提供を行った場合に算定できる「療養・就労両立支援指導料」が新設された。当初はがんに対象が限られていたが、2020年度改定で脳血管疾患、肝疾患、難病などが対象に加わり、両立支援コーディネーター養成研修を修了した専任の看護師・社会福祉士等が相談支援を行った場合の「相談支援加算」も設けられた[11]。2026年度の診療報酬改定では、同指導料について対象疾患の定めが廃止され、反復継続した治療が必要で就業の継続に配慮が必要な患者が広く対象とされた[12]。
法制化と指針の制定
2025年6月4日、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第63号)が成立し、同月11日に公布された。この改正により労働施策総合推進法に第27条の3が新設され、事業主は、治療を受ける労働者について、就業により疾病等の症状が増悪すること等を防止し、治療と就業の両立を支援するため、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講じるよう努めなければならないこととされた。また、厚生労働大臣が当該措置の適切かつ有効な実施を図るための指針を定めて公表し、指針に従い事業主等に対して必要な指導等を行うことができることとされた[13]。
両立支援に関する規定は2026年4月1日から施行された。これに先立ち、同年2月10日、「治療と就業の両立支援指針」(令和8年厚生労働省告示第28号)が告示され、同年4月1日から適用された[14]。これにより、従来は法的根拠を持たない行政ガイドラインとして示されてきた両立支援の進め方は、法律に基づく大臣告示の指針へと位置付けを改めた[15]。
支援の進め方
環境整備
指針は、支援を必要とする労働者が現れてから対応を検討するのでは適切な対応が困難であるとして、平時からの環境整備を求めている。主な内容は次のとおりである[16]。事業主が両立支援に取り組む基本方針を表明し社内に周知すること、全ての労働者および管理職に対して研修等を通じた意識啓発を行うこと、労働者が安心して相談・申出を行えるよう相談窓口を明確化し社内の支援体制を整備すること、治療のための配慮を可能にする休暇制度(時間単位の年次有給休暇、傷病休暇・病気休暇等)や勤務制度(時差出勤、短時間勤務、在宅勤務、試し出勤等)を、事業場の実情に応じて導入することである。
個別の支援の流れ
個別の労働者への支援は、おおむね次の流れで進めることとされる[17][18]。まず、労働者本人が事業者に対して両立支援を求める申出を行う。次に、労働者は勤務の状況等に関する情報を主治医に提供する。この際、産業医等の産業保健スタッフや人事労務担当者は、後述の勤務情報提供書の作成支援などを行う。続いて、労働者は主治医から、症状・治療の状況、就業継続の可否、就業上の措置に関する意見などを収集し、事業者に提出する。これを受けて事業者は、主治医の意見を基に産業医等の意見も踏まえ、労働者と十分に話し合った上で、就業継続の可否や就業上の措置を決定する。就業継続が可能と判断した場合は、措置や配慮の内容・実施時期等を両立支援プランにまとめ、実施する。治療の経過により必要な配慮は変わり得るため、フォローアップの面談等を行い、必要に応じてプランを見直す。
留意点として、疾病のり患をもって安易に就業を禁止せず、主治医や産業医等の意見を勘案して可能な限り就業の機会を失わせないこと、疾病や治療に対する誤解・偏見が生じないよう配慮すること、疾病に関する情報は個人情報として厳格に取り扱うことが挙げられている[19]。
様式類
指針およびガイドラインは、医療機関と事業場の間で情報を共有するための様式例を示している。[20]勤務情報提供書は、労働者の職務内容、労働時間、想定される就業上の措置など、勤務に関する情報を主治医に提供するための様式であり、労働者と事業場が共同して作成する。両立支援カード(両立支援連絡カード)は、労働者が自ら主治医に勤務情報を提供する欄(本人記載欄)と、主治医が就業上の意見等を示す欄(医師記載欄)を備えた様式で、診療の場で直接用いることを想定している。主治医意見書は、主治医が治療の状況や就業継続の可否、就業上の措置に関する意見を事業場に示すための様式である。両立支援プラン/職場復帰プランは、事業者が決定した就業上の措置や治療に対する配慮の内容、実施時期等をまとめる計画の様式である。
両立支援コーディネーター
両立支援コーディネーターは、治療と仕事の両立を目指す労働者(患者)を中心に、本人・家族、主治医等の医療側と、産業医・衛生管理者・人事労務担当者等の企業側との間で、情報提供や仲介・調整を担う人材である。医療機関の医療ソーシャルワーカーや看護師、事業場の人事労務担当者や産業保健スタッフ、支援機関の相談員など、それぞれの立場から継続的な相談支援を行う者が想定されている[21]。
養成は、労働者健康安全機構が実施する「両立支援コーディネーター基礎研修」によって行われる。研修は厚生労働省の定めるカリキュラムに即したもので、無料で受講でき、2020年度以降はオンライン形式で実施されている。全てのカリキュラムを受講した者には同機構から修了証書が発行される。基礎研修に加えて、実践能力の向上を目的とする応用研修も実施されている[22]。
この研修は、診療報酬の「療養・就労両立支援指導料」の相談支援加算について、厚生労働省の定める両立支援コーディネーター養成のための研修カリキュラムに即した研修に該当し、相談支援を行う看護師、社会福祉士、精神保健福祉士または公認心理師には同研修の修了が求められる[23]。
支援機関
両立支援に関しては、公的な相談・支援機関が整備されている。産業保健総合支援センターは都道府県ごとに置かれ、両立支援の専門スタッフ(社会保険労務士、心理職、保健師等)が、事業者・労働者からの相談、事業場訪問による制度導入支援、事業主と労働者の間の個別の両立支援の調整や両立支援プランの作成支援などを無料で行う[24]。治療就労両立支援センターは労災病院等に置かれ、医療機関の立場から患者の両立支援に取り組む機関であり、両立支援コーディネーター基礎研修の実施拠点ともなっている[25]。地域両立支援推進チームは都道府県労働局に設置され、自治体や地域の支援機関と連携したイベントの実施、地域の支援事業に関する情報提供などを行う[26]。このほか、厚生労働省はポータルサイト「治療と仕事の両立支援ナビ」を運営し、指針に沿った取組のガイダンスや企業の取組事例などの情報を提供している[27]。
対象疾患
指針の対象となる労働者は、雇用形態にかかわらず全ての労働者である。対象となる疾病は、国際疾病分類(ICD)に掲げられた疾病のうち、主治医が反復・継続して治療が必要と判断し、就業の継続に配慮が必要なものであり、負傷も含まれる。具体例として、がん、脳卒中、心疾患、糖尿病、肝疾患、難病などが挙げられている[28]。
ガイドラインおよび指針の参考資料では、疾病ごとに、治療の特徴や就業上配慮すべき事項をまとめた「疾病別留意事項」が示されている。主な疾病と配慮の方向性は次のとおりである。がんについては、手術・化学療法・放射線治療等の治療方法や副作用により、通院頻度や就業上の制限が時期によって変動する。治療技術の進歩により、通院治療を続けながら働く患者が増えている。[29]脳卒中については、発症後に後遺症が残る場合があり、リハビリテーションと並行した職場復帰や、身体機能に応じた作業内容の調整が課題となる。[30]心疾患については、継続的な通院・服薬管理と、身体的負荷の程度に応じた就業上の措置が求められる。[31]糖尿病については、食事・運動療法や服薬・インスリン治療を日常生活の中で継続する必要があり、低血糖等の体調変動への配慮が求められる。[32]肝疾患については、肝炎等の継続治療と定期的な受診を続けながら就労する配慮が求められる。[33]難病については、症状の変動が大きい疾病が多く、体調に応じた柔軟な勤務調整が求められる。[34]メンタルヘルス不調については、休業を経て復職する場合も含め、主治医・産業医・事業場の連携による段階的な支援が求められる。厚生労働省は2025年に、メンタルヘルス不調者の主治医向けの支援マニュアルを作成している[35]。
課題と評価
事業場における取組の普及はなお途上にある。厚生労働省の令和4年労働安全衛生調査(実態調査)によれば、私傷病を抱えた何らかの配慮を必要とする労働者に対して、治療と仕事を両立できるような取組がある事業所の割合は58.8%であり、取組がない事業所が約3割を占めた。取組がある事業所でも、その内容の多くは通院や体調に合わせた個別の配慮・措置の検討であり、休暇・勤務制度の整備(35.9%)、相談窓口の明確化(34.4%)、両立支援に関する体制の整備(18.5%)、意識啓発(14.6%)など、平時からの環境整備に取り組む事業所は相対的に少ない[36]。
課題としては、産業医等の産業保健スタッフが置かれていない中小規模の事業場では、主治医との情報連携や就業上の措置の判断が難しいこと、疾病に関する情報の取扱いをめぐるプライバシーへの配慮と、上司・同僚の理解の促進を両立させる必要があること、支援を担う人材の確保・育成が各地で進められているものの十分とはいえないことなどが挙げられてきた[37]。
2026年の法制化については、両立支援に初めて法律上の根拠と事業主の努力義務が与えられ、大臣告示の指針に基づいて国が指導・援助を行えるようになった点で、支援の底上げにつながるとの評価がある一方、努力義務にとどまるため、実際の支援の水準は各事業場の環境整備の進み具合に左右される。このため、指針の周知と併せて、産業保健総合支援センターや両立支援コーディネーター等の支援基盤を活用できるかが実効性の鍵になるとされる[38]。
関連項目
脚注
- ↑ “治療を受けながら安心して働ける職場づくりのために”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と仕事の両立支援について”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と仕事の両立支援対策について”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と就業の両立支援指針”. 厚生労働省. 2026年11月4日閲覧。
- ↑ “事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と仕事の両立について”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と仕事の両立について”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と仕事の両立について”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と仕事の両立支援ガイドラインの様式が改訂されました”. 福岡労働局. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “令和元年度両立支援コーディネーター基礎研修開催結果”. 労働者健康安全機構. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “次期診療報酬改定で治療と仕事の両立支援が加速”. 日経BP. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と就業の両立支援に関する診療報酬の改定について(令和8年3月5日付け基安労発0305第1号)”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律の概要”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と就業の両立支援指針(厚生労働省告示第28号)”. 労働政策研究・研修機構. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “「治療と就業の両立支援指針」の参考資料等について”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と就業の両立支援指針(概要)”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と就業の両立支援指針(概要)”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
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- ↑ “治療と就業の両立支援指針”. 厚生労働省. 2026年11月4日閲覧。
- ↑ “両立支援コーディネーターの養成”. 労働者健康安全機構. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “令和元年度両立支援コーディネーター基礎研修開催結果”. 労働者健康安全機構. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “令和8年度両立支援コーディネーター基礎研修日程のご案内”. 労働者健康安全機構. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と就業の両立支援指針(概要)”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と仕事の両立支援”. 神戸労災病院. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と就業の両立支援指針(概要)”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と仕事の両立支援ナビ”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と就業の両立支援指針(概要)”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と就業の両立支援指針”. 厚生労働省. 2026年11月4日閲覧。
- ↑ “治療と就業の両立支援指針”. 厚生労働省. 2026年11月4日閲覧。
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- ↑ “治療と就業の両立支援指針”. 厚生労働省. 2026年11月4日閲覧。
- ↑ “治療と就業の両立支援指針”. 厚生労働省. 2026年11月4日閲覧。
- ↑ “治療と就業の両立支援指針”. 厚生労働省. 2026年11月4日閲覧。
- ↑ “治療と仕事の両立について”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と仕事の両立支援対策について”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と仕事の両立支援対策について”. 厚生労働省. 2026年11月3日閲覧。
- ↑ “治療と就業の両立支援の努力義務化”. J-STAGE. 2026年11月3日閲覧。
外部リンク
- 治療と仕事の両立について - 厚生労働省
- 治療と仕事の両立支援ナビ - 厚生労働省
- 両立支援コーディネーターの養成 - 労働者健康安全機構