泉漾太郎
泉 漾太郎(いずみ ようたろう、1908年1月5日-1996年10月23日[1])は、日本の詩人・作家。栃木県文化協会会長を務めた[2]。
略歴

栃木県塩原温泉郷の一つである福渡温泉の旅館・和泉屋の後継ぎとして生まれ、のち14代目主人となる。本名・田代太平[4]。
大田原中学(現栃木県立大田原高等学校)在学中に、全国中学生文芸コンクールに応募したところ、1位入選となり、そのときの審査委員長が野口雨情だった縁から、生涯雨情に師事して詩を書いた[4]。
竹久夢二とは親友であり、山岡荘八は義兄弟の仲であった[5]。旅館には、山岡が命名した『竜胆(りんどう)の間』という部屋もあった[5]。旅館に逗留した新鷹会の時代小説作家たちとも交わった[6]。のち小説も書く。
著書
校歌作詞
脚注
- ↑ 『著作権台帳』
- ↑ 塩原温泉の和泉屋旅館破産 - ウェイバックマシン(2012年8月26日アーカイブ分)
- ↑ “(株)和泉屋(栃木)/旅館・ホテル”. データ・マックス (2020年4月9日). 2022年4月29日閲覧。
- 1 2 「野口雨情と泉漾太郎 塩原もの語り館で企画展 師弟関係のエピソードも紹介」『産経新聞』2018年9月20日。2023年11月1日閲覧。
- 1 2 「【いらっしゃいませ!】和泉屋旅館(栃木県・塩原温泉)田代芳寛さん」『観光経済新聞』2017年4月8日。2025年2月21日閲覧。
- ↑ 和泉屋旅館
- ↑ “第54回★宇都宮市立岡本北小学校★”. 宇都宮プライド 愉快なラジオ. RADIO BERRY (2014年10月10日). 2023年10月24日閲覧。
- ↑ “ホーム - さくら市立氏家小学校”. schit.net. 2022年7月27日閲覧。