法台寺
| 法台寺 | |
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本堂 | |
| 所在地 | 埼玉県新座市道場1丁目10-13 |
| 位置 | 北緯35度46分22秒 東経139度33分57.2秒 / 北緯35.77278度 東経139.565889度座標: 北緯35度46分22秒 東経139度33分57.2秒 / 北緯35.77278度 東経139.565889度 |
| 山号 | 大平山 |
| 院号 | 廣澤院 |
| 宗旨 | 時宗→浄土宗→単立→浄土宗 |
| 宗派 | 時宗当麻派→浄土宗鎮西派 |
| 本尊 | 木造阿弥陀如来立像 |
| 創建年 | 文永元年(1266年) |
| 開山 | 遊行2代他阿真教[1] |
| 中興 | 晋光観智[1] |
| 文化財 | 埼玉県指定考古資料「法台寺板石塔婆群」、埼玉県指定彫刻「木造他阿真教上人坐像」、新座市指定彫刻「木造阿弥陀如来及び観音・勢至菩薩立像」[2] |
| 公式サイト | 大平山法台寺ホームページ |
| 法人番号 | 1030005006798 |
歴史
源実朝の妻、久米御前の菩提を弔うために将軍宗尊親王の命で、文永3年(1266年)、法台寺が建立されたといわれている。後に他阿真教が遊行の際にこの地を通りかかり、時宗とした。当時は無量光寺を本寺とする時宗当麻派に属し、無量光寺6世・13世他阿上人はこの寺の出身である[3]。他阿真教の木像と時宗流の書体による多数の板碑が残されている。
浄土宗中興の祖である観智国師慈昌存応は、この寺の住職蓮阿に入門して僧となり、最後に増上寺に入って徳川家康の帰依を受けた[4]。この頃寺の名を宝台寺から法台寺に改め、宗派も時宗から浄土宗に変わっている。存応が生前に作らせた木像もある。江戸時代は朱印地13石5斗。
文化財
交通アクセス
西武鉄道ひばりヶ丘駅・大泉学園駅および東武鉄道朝霞台駅・志木駅より西武バス路線バスで片山小学校バス停留所で下車、徒歩すぐ
脚注
参考文献
外部リンク
- 大平山法台寺公式サイト
- 法台寺(ほうだいじ)六字名号板碑(1) - ウェイバックマシン(2012年2月21日アーカイブ分)