波切城
(三重県) | |
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波切城跡 | |
| 別名 | 波切砦 |
| 城郭構造 | 丘城 |
| 築城主 | 川面氏 |
| 築城年 | 南北朝時代 |
| 主な城主 | 川面氏・九鬼氏 |
| 廃城年 | 不明 |
| 遺構 | 石垣 |
| 指定文化財 | 未指定 |
| 再建造物 | なし |
| 位置 | 北緯34度16分33.4秒 東経136度53分55.7秒 / 北緯34.275944度 東経136.898806度座標: 北緯34度16分33.4秒 東経136度53分55.7秒 / 北緯34.275944度 東経136.898806度 |
| 地図 | |
概要
南北朝時代、当地を支配していた土豪の川面氏により海岸段丘を天然の要害とし創築された丘城である。砦と呼ぶ方が相応しい規模であるとし、「波切砦」と呼ばれることがある。なお、この城とは別に、同町内に砦があったことが指摘されている[1]。
勢力拡大を狙い、紀伊国九鬼(現在の三重県尾鷲市九鬼町)より東進を開始した九鬼隆良に貞治年間(1362-1368年)に制圧された。6代目嘉隆が志摩国全域を支配し、1594年(文禄3年)に鳥羽城を築城するまで九鬼氏の根拠地であった。
城跡は公園として整備されているが、当時のものとされるわずかな石垣に面影を残すのみである。
脚注
- ↑ 大王町史編さん委員会編集『大王町史』(大王町、1994年8月1日)
参考資料
- 定本三重県の城刊行会編『定本三重県の城』( 郷土出版社、1991年11月19日)
- 大王町史編さん委員会編集『大王町史』(大王町、1994年8月1日)
関連項目
外部リンク
- 八幡さん公園(波切城跡) - 伊勢志摩きらり千選(財団法人伊勢志摩国立公園協会)
- 波切には城があった 初音姫の話 - 伊勢志摩きらり千選(財団法人伊勢志摩国立公園協会)
