清水保夫

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清水 保夫(しみず やすお、1916年3月31日 - 1991年12月16日)は、日本の経営者。山口県出身[1]。

経歴

1937年に浜松高等工業学校応用化学科を卒業し、同年にUBEの前身である宇部窒素工業に入社[1]。

軍隊生活を経て、1967年11月に取締役に就任し、1971年5月に常務、1977年12月に専務を歴任し、1983年6月に社長に就任した[1]。。1991年5月には会長に就任[2]。

1991年12月16日肝不全のために死去[3]。75歳没。

脚注

  1. 1 2 3 人事興信所 1991, し124頁.
  2. ↑ 1991年 5月10日 日本経済新聞 朝刊 p15
  3. ↑ 1991年 12月17日 日本経済新聞 朝刊 p35

関連書籍

  • 人事興信所 編『人事興信録 第36版 上』人事興信所、1991年。 
ビジネス
先代
水野一夫
宇部興産社長
第6代:1983年 - 1991年
次代
中東素男