渡邉 玉枝 (わたなべ たまえ) | |
|---|---|
| 生誕 |
1938年11月12日(86歳) 山梨県富士河口湖町 |
| 国籍 |
|
| 出身校 | 都留短期大学商経科 |
| 著名な実績 |
マッキンリー日本人女性初登頂(1977)
|
| 身長 | 155 cm (5 ft 1 in) |
| 受賞 |
野口賞 |
山梨県富士河口湖町出身。家業の農業を手伝いながら、定時制高校に通う。都留短期大学(現都留文科大学)卒業後、神奈川県の職員(地方公務員)となる。神奈川県庁山岳会に入会し、登山を本格的に始め、1977年、マッキンリーに登頂。これは一般的なルートより難易度の高いバリエーションルートといわれる「南壁アメリカン・ダイレクトルート」の女性初登攀であった。
8,000メートル級の山4座のほか、モンブラン、キリマンジャロ、アコンカグアなどの登山歴をもつ。県庁勤務を経て県立高校事務長に就任。
田部井淳子に誘われ、50歳以上のメンバーで8000m級の山に挑戦しようという会「シルバータートル」に参加し、1991年52歳で初めての8000m峰チョ・オユーの登頂に成功する。以後エベレストに2回登頂、8000m峰5座に登頂した。
退職後は地元に戻り、登山を本格的に行う。2002年5月、村口徳行に誘われ、世界最高峰エベレストに63歳で登頂。女性の世界最高齢記録を樹立。2004年5月に8000m峰5座目のローツェ(8,516m)に登頂、世界最高齢を更新、同年植村直己冒険賞を受賞した。
2005年に腰の骨を折る重傷を負うがリハビリの末、2008年に登山に復帰、田部井淳子とともにモンゴル最高峰のフィティン山(4,374m)に登頂した。
2012年5月には村口徳行を誘い[1]、73歳でエベレストに登頂。自身が持っていた女性世界最高齢記録をさらに更新した[2]。
現在、富士河口湖町在住。富士河口湖町名誉町民。河口湖町のネイチャーガイド、富士登山ガイド。 155cm、45kg。[3]
未登録
IPFS未登録
📡 0ピア
N=1
CRITICAL
PQS B75