源相規

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源相規
時代 平安時代中期
生誕 不詳
死没 不詳
官位 従五位上、摂津守[1]
主君 村上天皇→冷泉天皇→円融天皇
氏族 光孝源氏
父母 父:源清平、母:不詳
兄弟 師保、是輔、共貞、相規
妻 不詳
子 文雅
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源 相規(みなもと の すけのり)は、平安時代中期の貴族・漢詩人。光孝源氏、参議・源清平の子。官位は従五位上・摂津守。

経歴

菅家の門人の私塾として左京大夫・菅原清公が設立した菅家廊下の出身。

村上朝の天暦-天徳(947年-961年)年間に民部大丞に任ぜられる。その後、従五位下に叙爵し、円融朝の天禄元年(970年)に摂津守を務めていた。位階は従五位上に至る。

漢詩人として活躍し、『本朝文粋』『和漢朗詠集』『類聚句題抄』などに作品が見える。

官歴

系譜

『尊卑分脈』による。

脚注

  1. ↑ 『尊卑分脈』光孝源氏
  2. ↑ 『題跋備考』
  3. ↑ 『類聚符宣抄』第8正暦5年12月29日官符
  4. ↑ 『左大臣藤原頼忠家歌合』
  5. ↑ 『尊卑分脈』

参考文献