濱田美栄

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濱田 美栄
Mie HAMADA
フィギュアスケート選手
2017年グランプリファイナルでの濱田美栄
生誕 (1959-10-29) 1959年10月29日(64歳)
京都府京都市
出身校 同志社大学
選手情報
代表国 日本の旗 日本
指導者情報
役職 京都醍醐FSC コーチ
指導選手
元指導選手

濱田 美栄(はまだ みえ、1959年10月29日 - )は、日本のフィギュアスケートコーチ。

経歴・人物

京都府京都市出身。

小学校6年生の時に1972年札幌オリンピックのフィギュアスケート競技女子シングルフリー演技を真駒内屋内競技場(札幌市)で観戦しており、その時の濱田を撮影した写真が1972年2月8日の朝日新聞に掲載されたことがある[1]。

京都市立藤森中学校、京都市立日吉ヶ丘高等学校を経て、同志社大学卒業[2]。既婚。娘が1人いる。

フィギュアスケート選手として活動し、全日本フィギュアスケート選手権10位が最高成績[1]。同志社大学卒業とともに現役を引退してコーチへと転身し、京都醍醐FSC及び関西大学アイスアリーナでコーチを務める[3]。

教え子には2015年世界選手権銀メダリストの宮原知子や2004年四大陸選手権優勝の太田由希奈をはじめ、神崎範之、澤田亜紀、北村明子、金彩華、村元小月、村元哉中、木原万莉子、加藤利緒菜、本田真凜、白岩優奈、紀平梨花など、関西圏を中心に国内選手を数多く指導してきた。

母が広島県出身であり、広島原爆の被爆者であった。従って濱田も被爆二世である[4]。2018年のNHK杯国際フィギュアスケート競技大会が広島県立総合体育館(広島グリーンアリーナ)で開催された際には教え子の宮原知子と紀平梨花が出場したこともあり、広島で親族の墓参りが出来たことを感謝していた[4]。

指導した主な選手

現在指導中の選手
過去に指導した選手

脚注

  1. 1 2 "浜田美栄コーチ「誰が見ても私」リンとの思い出写真". ニッカンスポーツ・コム. 日刊スポーツ新聞社. 3 July 2020. 2020年7月3日閲覧。
  2. ↑ 日本代表選手団名簿
  3. ↑ 宮原とともに勝負懸ける 大阪日日新聞
  4. 1 2 “紀平、宮原の浜田コーチは被爆2世、広島開催で「思い切ってやってほしい」” (日本語). Sponichi ANNEX. スポーツニッポン新聞社. (2018年11月10日) 2018年11月10日閲覧。

外部リンク