瀧英男
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
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| 出身地 | 静岡県静岡市緑町 |
| 生年月日 | 1936年8月7日(88歳) |
| 身長 体重 |
168 cm 75 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手 |
| プロ入り | 1955年 |
| 初出場 | 1955年 |
| 最終出場 | 1955年 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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来歴・人物
静岡県静岡市出身。静岡商時代は、1954年夏の甲子園に出場し、投手の松浦三千男(後に大阪タイガースでもチームメイトになる)とバッテリーを組んで[2]、チームの準優勝に貢献した。松浦の他に、チームメイトには4番を打っていた興津達雄(のち広島)がいる。
1955年に大阪タイガースに入団。二軍のウエスタン・リーグでは、4月3日の開幕戦でスタメンマスクを被るなど活躍したが、一軍公式戦では3年間の在籍中、僅か1試合[3]1打席の出場に留まった(しかもその打席は、併殺打に倒れた)。1957年限りで引退した。168cmと小柄な身体だったが、フィールディングに定評があったと伝わる。
詳細情報
年度別打撃成績
| 年 度 | 球 団 | 試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 二 塁 打 | 三 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 死 | 犠 打 | 犠 飛 | 四 球 | 敬 遠 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1955 | 大阪 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | .000 | .000 | .000 | .000 |
| 通算:1年 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
背番号
- 48 (1955年 - 1957年)
脚注
- ↑ https://npb.jp/bis/players/41443800.html
- ↑ 猛虎人国記(24)~静岡県(上)~背番「1」のサードが放った劇的弾スポニチアネックス、2012年3月27日記事。
- ↑ 尚、静岡商時代のチームメイトだった松浦も、プロでは1試合出場に留まった。
関連項目
外部リンク
- 個人年度別成績 滝英男 - NPB.jp 日本野球機構