犬島精錬所
| 犬島精錬所 | |
|---|---|
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犬島精錬所跡 | |
| 操業開始 | 1909年 |
| 場所 |
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| 座標 | 北緯34度33分48.3秒 東経134度6分6.8秒 / 北緯34.563417度 東経134.101889度座標: 北緯34度33分48.3秒 東経134度6分6.8秒 / 北緯34.563417度 東経134.101889度 |
| 業種 | 鉱業 |
| 生産品 | 銅 |
| 従業員数 | 約2000人(最盛期) |
| 住所 | 岡山県邑久郡朝日村犬島(操業当時) |
| 閉鎖 |
1919年3月(操業停止) 1925年(廃止) |
| 所有者 |
坂本合資会社 (1909-1913) ⇒藤田組(1913-1924) ⇒住友合資会社(1924-1925) |
犬島精錬所(いぬじませいれんしょ)は、岡山県邑久郡朝日村犬島(当時、現在の岡山市東区)にかつて存在した銅の精錬所。1909年(明治42年)に創業し[1]、最盛期は2000人を超える従業員がいた[2]。しかし、銅価格の暴落などにより1919年(大正8年)には操業を停止[2]、1925年(大正14年)に廃止になった[3]。
操業停止後も、現在の犬島には銅の製錬過程で発生する鉱滓からなるカラミ煉瓦造りの工場跡や煙突など、かつての大規模な製錬所を彷彿とさせる多くの遺構が良好な形で残されており、日本の産業発展の過程に置いて革新的な役割を果たした遺構として、平成19年度経済産業省による「近代化産業遺産群 33」のうちの「story30」に認定されました。 2008年(平成20年)には、残された遺構を保存・再生した「犬島精錬所美術館」が開館し、現代アートの拠点として活用されている。[4][5]
歴史
1909年(明治42年)、都窪郡中庄村(現在の倉敷市中庄)に所在する帯江鉱山の精錬所として岡山県宝伝沖2.5㎞にある犬島に開設される[2]。この精錬所建設は、岡山の実業家・代議士で、帯江鉱山の経営者でもあった坂本金弥の主導で、当時帯江鉱山が発生させていた公害問題対策として実施された[2]。当初の運営会社は坂本の経営する坂本合資会社であった[6]。1913年(大正2年)、藤田組(現在のDOWAホールディングス)が買収[2]。瀬戸内の中央買鉱精錬所を目指す意図があったといわれる。藤田組買収後、精錬所の規模が拡大され、月300トンの銅の精錬を行えるまでになった[2]。精錬所最盛期には、島の人口は5000から6000人程度もあったといわれる[7]。この時期は銅価格が高騰していたこともあって、銅鉱石を巡って三菱、古河、久原など12の精錬所が争奪戦を展開したといわれる。しかしながら、1916年(大正5年)にピークを迎えた銅価格は、第一次世界大戦が終息に向かうにつれて暴落[8]。1919年(大正8年)には、ピーク時の半値にまで落ちている[8]。この価格暴落と鉱石争奪戦によって1919年中に操業を停止した[2]。この操業停止には、島内に自山鉱、電錬所を持たなかったことも災いしたとされる。1924年(大正13年)12月に住友合資会社が420,000円で買収した[2]。しかし再建のめどが立たず、1925年(大正14年)廃止となった[3][2]。
公害
元々、中庄に存在した帯江鉱山の公害対策として建設された犬島精錬所である[2]が、同じく銅の精錬所が建設された直島や四阪島と同じく、精錬所の煤煙による煙害を引き起こしている[9]。当時、岡山県犬島実務学校で勤務していた歌人の太田郁郎は、この煙害を詠った歌集「毒煙」を出版している[10]。
その後
廃止された後は、テレビドラマの「西部警察」や映画「カンゾー先生」、「鉄人28号」のロケ地として利用されるなどした[2]。
2001年(平成13年)、ベネッセコーポレーション会長(当時)の福武總一郎により買収[2]された後、公益財団法人 福武財団(旧・直島福武美術館財団)の助成のもと再利用が進められ、2008年に「犬島精錬所美術館」が開館した。
同館は、「犬島アートプロジェクト」の第1期施設として、現代アーティストの柳幸典による構想のもと、建築家の三分一博志や地域住民との協働によって実現した。「在るものを活かし、無いものを創る」というコンセプトのもと、既存の煙突やカラミ煉瓦をはじめ、太陽熱や地中熱などの自然エネルギーを活用した環境負荷の少ない建築構造となっている。館内には日本の近代化に警鐘を鳴らした三島由紀夫をモチーフとした柳の作品が展示されているほか、植物の力を利用した高度な水質浄化システムも導入されており、「遺産・建築・アート・環境」による循環型社会を意識した施設となっている。[11][12]
写真
- 本土側から見る犬島と犬の島。
- 黒く大きいレンガが特徴の犬島精錬所跡。
- 犬島精錬所跡。
- 犬島精錬所跡。
- 犬島精錬所跡。
- 犬島精錬所跡。
- 煙突内。
- 船着場付近。
- 発電所跡。
- 発電所跡。
脚注
- ↑ “犬島精錬所美術館 | アート・建築をみる”. ベネッセアートサイト直島. 2026年10月16日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 岡山県岡山市犬島 犬島精錬所跡 テレビせとうち 2015年5月9日閲覧。
- 1 2 小林伸一郎『廃墟遊戯』(2008年1月18日 メディアファクトリー)
- ↑ “犬島精錬所美術館 | アート・建築をみる”. ベネッセアートサイト直島. 2026年10月16日閲覧。
- ↑ “近代化産業遺産(METI/経済産業省)”. www.meti.go.jp. 2026年10月16日閲覧。
- ↑ 犬島の歴史 岡山県ホームページ 2015年6月3日閲覧。
- ↑ 岡山県の離島 - 犬島 岡山県ホームページ 2015年5月9日閲覧。
- 1 2 佐藤英達 (2007). 藤田組のメタル・ビジネス. 三恵社. p. 102. ISBN 978-4-88361-548-3
- ↑ 赤井克己『瀬戸内の経済人: 人と企業の歴史に学ぶ24話』吉備人出版、2007年、79頁。ISBN 978-4-860-69-178-3。
- ↑ 太田 郁郎(オオタ イクオ)とは - コトバンク 2015年6月6日閲覧。
- ↑ 『柳幸典 犬島ノート』ミヤケファインアート、2010年8月17日。ISBN 978-4-9903847-2-2。
- ↑ “犬島精錬所美術館 | アート・建築をみる”. ベネッセアートサイト直島. 2026年10月16日閲覧。
関連項目
- 犬島
- 犬島アートプロジェクト
- 池田謙三 (冶金学者) - 精錬所の設計に携わった。