田中和博

ウィキペディアから、無料の百科事典
田中 和博
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県大川市
生年月日 (1959-09-15) 1959年9月15日(65歳)
身長
体重
176 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1982年 ドラフト6位
初出場 1983年4月24日
最終出場 1986年10月13日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

田中 和博(たなか かずひろ、1959年9月15日 - )は、福岡県大川市[1]出身の元プロ野球選手(投手)。

来歴・人物

柳川商業高では、エースとして1977年夏の甲子園県予選決勝に進出するが、吉竹春樹のいた九州産業高に敗退。高校同期に清家政和、野田雲平、林正毅(広島)がいた。

高校卒業後は、社会人野球のリッカーに入団し、中西清起、黒田真二らと強力投手陣を構成する。1981年の都市対抗野球では準々決勝に進出するが、東京ガスに敗退。翌1982年の都市対抗野球には東京ガスに補強され出場した。

1982年のプロ野球ドラフト会議で広島東洋カープから6位指名を受け入団[1]。

ドラフト下位入団ながらかつて佐伯和司が着けていた準エースナンバーの21が与えられるも、一軍の試合では活躍できず、1987年限りで現役引退した[1]。

その後、2006年から2008年まで、広島にあった社会人クラブチーム「広島レッドフェニックス」の投手コーチを務めた。その後2024年3月までスポーツDEPO広島八木店に勤務していた。[2]

詳細情報

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
1983 広島 20000000------153.051100600226.002.00
1986 10000000------41.000100000000.001.00
通算:2年 30000000------194.051200600224.501.75

記録

背番号

  • 21 (1983年 - 1987年)

脚注

  1. 1 2 3 プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、338ページ
  2. ↑ 週刊ベースボール2012年4月16日号 P14

関連項目

外部リンク