田沼意定

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田沼意定
時代 江戸時代後期
生誕 天明4年(1784年)
死没 文化元年7月26日(1804年8月31日)
改名 幾之助(幼名)、意定
墓所 万年山勝林寺(東京都豊島区駒込)
官位 従五位下、主計頭
幕府 江戸幕府
主君 徳川家斉
藩 陸奥下村藩主
氏族 田沼氏
父母 父:田沼意致、養父:田沼意信
兄弟 意英、意定ら
妻 稲生正方の娘
子 養子:意正
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田沼 意定(たぬま おきさだ)は、江戸時代後期の大名。陸奥国下村藩4代藩主。官位は従五位下・主計頭。相良藩田沼家5代。

略歴

天明4年(1784年)、田沼家初代・田沼意次の甥(意次の弟・田沼意誠の子)田沼意致の四男として誕生した。正室は稲生正方娘。

享和3年(1803年)、先代藩主・田沼意信が早世したため、その養嗣子となって跡を継いだが、翌文化元年(1804年)7月26日に後を追うように死去した。嗣子がなかったため、従父である意正(意次の四男)が養嗣子となってその跡を継いだ。

系譜

父母

正室

  • 稲生正方の娘

養子