田畑豊

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田畑 豊(たばた ゆたか、1936年〈昭和11年〉1月2日 - )は、日本の裁判官、弁護士。

田畑 豊
たばた ゆたか
生年月日 (1936-01-02) 1936年1月2日(90歳)
出生地 日本の旗 日本・長野県飯田市[1]
国籍 日本の旗 日本
出身校 明治大学法学部[1]

任期 1997年10月13日 - 2001年1月1日
前任者 川口冨男[2]
後任者 中田昭孝[3]

任期 1994年6月1日 - 1996年1月31日
前任者 和田啓一[4]
後任者 田村承三[5]

任期 1993年1月4日 - 1994年5月31日
前任者 砂山一郎[6]
後任者 寺本栄一[7]
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人物・経歴

1958年(昭和33年)に司法試験に合格し、明治大学法学部を卒業後、1961年(昭和36年)に判事補任官[8][1]。任官後は京都地方裁判所判事、大阪地方裁判所部総括判事等を経て、1993年(平成5年)1月に高知地方裁判所・高知家庭裁判所長に就任[9]。その後、高松地方裁判所長や大阪高等裁判所部総括判事を経て1997年(平成9年)10月に京都地方裁判所長に就任し、2001年(平成13年)1月に定年退官[10][11]。趣味はジョギング、野球観戦、囲碁など[1]。

略歴

明治大学法学部を卒業後、第13期司法修習生[12]。1961年(昭和36年)4月14日に大阪地方裁判所・大阪家庭裁判所判事補任官[13]。判事補任官以降の経歴は以下の通り。

主な担当訴訟

大分地裁部総括判事として

大阪地裁部総括判事として

  • 1989年(平成元年)12月27日、エイズ患者をテーマにした記事を巡り、患者の遺族がFOCUSの出版元の新潮社及びFLASHの出版元の光文社に損害賠償各1000万円の支払いを求めた訴訟で「写真をつけて、不特定多数の男性との売春という内容の記事を掲載したことは、亡き女性への名誉を著しく損ねただけでなく、生前であればプライバシー侵害にも当たる内容を暴露しており、両親の娘への敬愛追慕の情を著しく侵害した」として新潮社に慰謝料220万円、光文社に慰謝料100万円の支払いを命じる判決を言い渡した[注 1][33]。

大阪高裁部総括判事として

脚注

注釈

  1. ↑ 新潮社はFOCUSの1987年(昭和62年)1月30日号、光文社はFLASHの1987年(昭和62年)2月10日号に患者の遺影を掲載した上で「主に外国人船員相手の売春バーに勤めた」(FOCUS)、「不特定多数の男性相手に売春」(FLASH)という内容の記事を掲載し、発行した[33]。

出典

  1. 1 2 3 4 『朝日新聞』1997年10月23日 朝刊 京都版「田畑・京都地裁所長が着任し抱負語る 利用しやすいよう努力 /京都」(朝日新聞大阪本社)
  2. ↑ 『毎日新聞』1997年10月13日 東京夕刊 総合面5頁「[人事] 最高裁〈10月13日〉」(毎日新聞東京本社)
  3. ↑ 『毎日新聞』2001年1月3日 東京朝刊 三面3頁「[人事] 最高裁」(毎日新聞東京本社)
  4. ↑ 『読売新聞』1994年6月1日 全国版 東京朝刊 二面2頁「最高裁人事=6月1日」(読売新聞東京本社)
  5. ↑ 『毎日新聞』1996年2月1日 東京朝刊 二面2頁「[人事] 最高裁〈2月1日〉」(毎日新聞東京本社)
  6. ↑ 『毎日新聞』1993年1月4日 東京朝刊 二面2頁「[人事] 最高裁〈1月4日〉」(毎日新聞東京本社)
  7. ↑ 『毎日新聞』1994年6月1日 東京朝刊 二面2頁「[人事] 最高裁〈6月1日〉」(毎日新聞東京本社)
  8. ↑ 『官報 昭和33年本紙第9543号227頁 司法試験公告』(プレスリリース)国立印刷局、1958年10月13日。
  9. ↑ 『読売新聞』1993年1月4日 全国版 東京朝刊 外電B 4頁「最高裁人事=1月4日」(読売新聞東京本社)
  10. ↑ 『読売新聞』1997年10月13日 全国版 東京夕刊 夕二面2頁「最高裁人事=10月13日」(読売新聞東京本社)
  11. ↑ 『読売新聞』2001年1月2日 全国版 東京朝刊 政治4頁「最高裁人事=1月2日」(読売新聞東京本社)
  12. ↑ 『官報 昭和36年本紙第10294号296頁 司法修習生の修習を終えた公告 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、1961年4月14日。
  13. 1 2 『官報 昭和36年本紙第10295号317頁 叙任及び辞令 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、1961年4月15日。
  14. ↑ 『官報 昭和39年本紙第11195号12頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、1964年4月10日。
  15. ↑ 『官報 昭和42年本紙第12096号11頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、1967年4月12日。
  16. ↑ 『官報 昭和45年本紙第13009号11頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、1970年5月2日。
  17. ↑ 『官報 昭和46年本紙第13294号11頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、1971年4月15日。
  18. ↑ 『官報 昭和48年本紙第13882号13頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、1973年4月5日。
  19. ↑ 『官報 昭和52年本紙第15062号16頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、1977年3月28日。
  20. ↑ 『官報 昭和55年本紙第15961号10頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、1980年4月5日。
  21. ↑ 『官報 昭和58年本紙第16849号8頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、1983年4月4日。
  22. ↑ 『官報 平成5年本紙第1074号12頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、1993年1月14日。
  23. ↑ 『官報 平成6年本紙第1413号8頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、1994年6月6日。
  24. ↑ 『官報 平成8年本紙第1824号9頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、1996年2月5日。
  25. ↑ 『官報 平成9年本紙第2243号9頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、1997年10月16日。
  26. ↑ 『官報 平成13年本紙第3031号12頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、2001年1月12日。
  27. ↑ 『官報 平成13年本紙第3032号9頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、2001年1月12日。
  28. ↑ 『官報 平成16年本紙第4001号14頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、2004年12月22日。
  29. ↑ 『官報 平成18年本紙第4254号10頁 人事異動 最高裁判所』(プレスリリース)国立印刷局、2006年1月13日。
  30. ↑ 『官報 平成18年号外第103号121頁 弁護士名簿登録・登録換・登録取消』(プレスリリース)国立印刷局、2006年4月28日。
  31. ↑ 『読売新聞』2006年11月3日 全国版 東京朝刊 朝特A 31頁「2006年秋の叙勲 中綬章以上と在外邦人、外国人叙勲の受章者一覧」(読売新聞東京本社)
  32. ↑ 『読売新聞』1979年3月5日 全国版 夕刊 1頁「新産都市の埋め立て計画中止請求"門前払い" 大分地裁」(読売新聞社)
  33. 1 2 『毎日新聞』1989年12月28日 東京朝刊 社会面23頁「エイズプライバシー報道 2誌に慰謝料支払い命令--大阪地裁」(毎日新聞東京本社)
  34. ↑ 『毎日新聞』1996年9月27日 大阪朝刊 社会面27頁「兵庫・神戸高塚高校の圧死校門撤去に異議の控訴棄却--大阪高裁」(毎日新聞大阪本社)
  35. ↑ 『毎日新聞』1998年1月30日 中部朝刊 社会面26頁「豊田商事国賠訴訟、被害者側の控訴を棄却--大阪高裁「国に違法行為ない」」(毎日新聞中部本社)