留守景宗

ウィキペディアから、無料の百科事典
 
留守景宗
時代 戦国時代
生誕 延徳4年(1492年)
死没 天文23年(1554年)
別名 四郎
官位 相模守、安房守
氏族 藤原北家山陰流伊達氏、藤原北家道兼流留守氏
父母 伊達尚宗、積翠院
留守郡宗
兄弟 伊達稙宗、景宗、久松丸、最上義定継室
妻 留守郡宗娘
子 顕宗、佐藤景高、大條宗家(留守宗安)
テンプレートを表示

留守 景宗(るす かげむね)は、戦国時代の武将。留守氏16代当主。

略歴

延徳4年(1492年)、伊達氏13代当主・伊達尚宗の次男として誕生。母は積翠院(上杉房定養女、上杉房実娘)。正室は留守郡宗娘。

嫡男を失くした留守氏15代当主・留守郡宗[1]の婿養子となる。明応4年(1495年)、郡宗の死去により家督を継いで当主となる。永正3年(1506年)、小鶴[2]で国分氏と戦い勝利した。伊達家の内訌である天文の乱では甥の伊達晴宗に協力し、実兄・稙宗に与した国分氏と戦った。

天文23年(1554年)に死去。跡を嫡男・顕宗が継いだ。

三男・大條宗家の直系の子孫が、お笑いコンビ「サンドウィッチマン」の伊達みきおである。

脚注

  1. ↑ 伊達氏出身で景宗の大叔父にあたる。
  2. ↑ 現在の仙台市内。