白石英司

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白石 英司(しらいし えいじ、1929年1月15日 [1]- 1983年1月27日)は、日本の実業家。白石古京の長男でもある[2]。

経歴・人物

京都府出身[1]。立命館大学法学部卒業後に1959年に京都新聞社に入社[3]。取締役を経て、1978年には副社長に就任し、1981年には社長に就任した[3]。1977年には近畿放送の社長にも就任した[3]。

日本文化財団理事長、日本新聞協会理事、共同通信社理事なども歴任した[2]。

1972年にノルウェーの聖オーラヴ勲章(国際文化功労)を、1973年に紺綬褒章を、1979年にイタリアのコンメンダトーレ勲章(国際文化功労)をそれぞれ授章した[3]。

1983年1月27日、転移性骨腫瘍のために在職中のまま京都市の病院で死去[2]。54歳没。

脚注

  1. 1 2 人事興信所 1981, し160頁.
  2. 1 2 3 1983年1月27日 毎日新聞 夕刊 p11
  3. 1 2 3 4 1983年1月28日 日経産業新聞 朝刊 p27

参考文献

  • 人事興信所 編『人事興信録 第31版 上』人事興信所、1981年。