盧懐慎

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盧 懐慎(ろ かいしん、生年不詳 - 716年)は、唐代の官僚・政治家。本貫は滑州霊昌県[1][2]。

経歴

霊昌県令の盧悊の孫にあたる。若くして廉潔謹慎で、進士に及第し、監察御史・吏部員外郎を歴任した。神龍年間、侍御史に転じた。景龍年間、右台御史中丞に転じ、時政の得失について上疏した。その上疏は聞き入れられなかった。黄門侍郎に累進し、漁陽県伯の爵位を受けた[3][4]。

先天2年(713年)、侍中の魏知古とともに東都洛陽で選事を分掌した。開元元年(同年)、長安に召還されて、同紫微黄門平章事(宰相)となった。開元3年(715年)、黄門監に転じた。懐慎は紫微令の姚崇とともに国政の機密を管掌した。懐慎は自ら吏事について姚崇に及ばないとみなしていたため、事あるごとに姚崇を推して譲った。当時の人に「伴食宰相」と呼ばれた。開元4年(716年)、吏部尚書を兼ねた。その秋、病が重くなり、上表を重ねて引退を請願し、許可された。10日ほどで死去した。荊州大都督の位を追贈された。諡は文成といった[5][6]。

子女

脚注

  1. ↑ 旧唐書 1975, p. 3064.
  2. ↑ 新唐書 1975, p. 4415.
  3. ↑ 旧唐書 1975, pp. 3064–3068.
  4. ↑ 新唐書 1975, pp. 4415–4417.
  5. ↑ 旧唐書 1975, p. 3068.
  6. ↑ 新唐書 1975, p. 4417.
  7. ↑ 旧唐書 1975, pp. 3069–3070.
  8. 1 2 新唐書 1975, p. 4418.
  9. ↑ 旧唐書 1975, p. 3070.

伝記資料

参考文献

  • 『旧唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00319-2。 
  • 『新唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00320-6。