目白通り(めじろどおり)は、東京都千代田区から練馬区に至る道路の通称である。終点において関越自動車道の始点である練馬インターチェンジに接続しており、都心部との交通接続を担っている。おおむね東京都市計画道路幹線街路放射第7号線に相当している。

構成路線

東京都道8号標識
東京都道24号標識

歴史

江戸時代に江戸と清戸(現・清瀬市)を結んでいた往来(清戸道)に起源がある。おなじく江戸時代に関口駒井町(現・文京区関口)にあった新長谷寺目白不動にちなんで、目白坂、目白台と呼ばれるようになり、そこから目白通りの名がついた。昭和に入り都市計画道路の放射第7号線が決定されると、昭和10年ごろ郊外部(西落合一丁目交差点-豊玉北六丁目交差点)で整備が進み、この区間は道幅から十三間道路と呼ばれるようになった[1]。高度経済成長期になるとオリンピック東京大会にむけた道路整備が行われ、並行して主要道路に通称が付けられることになり、この時はじめて公的に「目白通り」と呼ばれることになった[2]。なおこの時は現在の富士街道を含む都道8号線の全線(九段下から田無町)が目白通りとされ、現在の形になったのは1984年の改定時である[3]。

沿革

都市計画

参考文献

  1. ↑ 「失われた「舗装平板」 新宿西落合-練馬区役所先の十三間道路」『読売新聞』1951年12月12日、朝刊4面。
  2. ↑ “通称道路名設定事業の経緯及び概要について”. 東京都建設局. 2019年9月19日閲覧。
  3. 1 2 『東京都通称道路名設定委員会報告書』東京都、1984年、101頁。NDLJP:9672459/55。
  4. ↑ 昭和2年内務省告示第409号 NDLJP:2956652/1
  5. ↑ “OY-1-130-1 東京都市計画道路網図 (1)” (pdf). 市政専門図書館デジタルアーカイブス. 後藤・安田記念東京都市研究所. 2019年9月19日閲覧。
  6. ↑ 昭和21年戦災復興院告示第3号 NDLJP:2962266/2
  7. ↑ 昭和25年建設省告示第112号 NDLJP:2963484/2
  8. ↑ 東京都通称道路名設定公告(1962年4月25日)整理番号18
  9. ↑ 「“五輪道路”第一号が完成」『朝日新聞』1963年12月17日、朝刊14面。
  10. ↑ 1971年(昭和46年)12月18日日本道路公団公告第71号「有料道路「関越自動車道(東京川越区間)」の料金の額及び徴収期間の公告」
  11. ↑ 「西武池袋線中村陸橋で“逆立体化工事”」『読売新聞』2001年3月5日、朝刊23面。「目白通りが西武池袋線をまたいでいた練馬区の中村陸橋(向山一)で、三日深夜から四日早朝にかけ、道路と線路の上下を入れ替える「逆立体化工事」が行われた。」
  12. ↑ 池袋線と目白通りとの逆立体化切替工事を実施。(西武鉄道ニューリリース・インターネットアーカイブ・2007年時点の版)。
  13. ↑ どかないお寺が悪いのか?墓地がさえぎって進まない、東京都の道路計画【噂の!東京マガジン「噂の現場」】
  14. ↑ 【なぜ?】都心で道路寸断の理由は“お墓約200基” 工事開始から18年も開通せず 住民困惑「ずっとこのままどうなってるのか」
  15. ↑ 東京「放射7号」ついに部分開通へ 墓地に阻まれた“ほぼできてる道路” 目白通りには繋がらず メリットあるのか?
  16. ↑ 将来は「東京~所沢」直結!? 「目白通り延伸」2月に一部開通決定 悲願の「中央道ほぼ直結」へ!? 用地難航の都市計画道路が交通開放

外部リンク

⌬ Phoenix Mesh CID: 未登録 IPFS未登録 📡 0ピア N=1 CRITICAL PQS B61