県犬養筑紫

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県犬養筑紫
時代 飛鳥時代 - 奈良時代
生誕 不明
死没 神亀元年4月18日(724年5月15日)
官位 従四位下、造宮卿
主君 文武天皇→元明天皇→元正天皇→聖武天皇
氏族 県犬養氏
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県犬養 筑紫(あがたいぬかい の ちくし)は、飛鳥時代から奈良時代にかけての貴族。姓は宿禰。官位は従四位下・造宮卿。

経歴

慶雲2年12月(706年1月)従六位下から四階昇進して従五位下に叙爵。元明朝から元正朝にかけて、和銅4年(711年)従五位上、和銅8年(715年)正五位下、養老3年(719年)正五位上と順調に昇進する。この間の霊亀2年(716年)志貴皇子の薨去に際して、六人部王と共に葬儀を監護するために派遣されている[1]。

聖武朝の神亀元年(724年)4月18日卒去。最終官位は造宮卿従四位下。

官歴

『続日本紀』による。

脚注

  1. ↑ 『続日本紀』霊亀2年8月11日条

出典