真田信正

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真田信正
時代 戦国時代 - 江戸時代前期
生誕 元亀2年(1571年)
死没 寛永9年(1632年)
改名 幸明
主君 徳川家康→松平忠輝→忠昌
氏族 真田氏(越前真田家)
父母 父:真田昌輝
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真田 信正(さなだ のぶまさ)は、真田氏の一族。名は幸明(ゆきあき)とも。

生涯

真田幸隆の次男・真田昌輝の嫡男で[1]、真田信綱や真田昌幸の甥にあたる。

天正10年(1582年)に織田信長・徳川家康による武田征伐での武田家滅亡後、松平忠輝・忠昌に仕えた。

子孫は越前松平家に仕え、越前真田家として現在も存続している[1]。

脚注

  1. 1 2 柴辻俊六『真田昌幸』吉川弘文館〈人物叢書〉、1996年、71頁。

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