矢作栄蔵

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矢作栄蔵
矢作栄蔵

矢作 栄蔵(やはぎ えいぞう、1870年8月21日(明治3年7月25日)[1] - 1933年(昭和8年)12月18日[2])は、日本の農業経済学者。東京帝国大学経済学部教授同経済学部長[1]。法学博士[1]。

経歴

埼玉県出身。矢作八蔵の二男[1]。1895年(明治28年)、東京帝国大学法科大学政治科を卒業し[3]、大学院に入って農業経済学を専攻した[1]。1901年(明治34年)、同大学農科大学助教授に就任し、翌年から経済学研究のためドイツ、フランス、イギリスに留学した。1907年(明治40年)に帰国した後、東京帝国大学農科大学教授と法科大学教授に任じられ、法学博士号を受けた。のち学部改編で経済学部教授兼農学部教授となり、さらに経済学部長に就任した。

その他、帝国学士院会員、帝国農会会長、農事電化協会会長、産業組合中央会理事、学士会専務理事などを務めた。

人物

宗教は臨済宗[1]。趣味は茶道、ゴルフ[1]。

栄典

著書

  • 『不動産銀行論』(巌松堂、1911年)

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 『大衆人事録 第3版』ヤ之部16頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年2月8日閲覧。
  2. ↑ 戦前期官僚制研究会編『戦前期日本官僚制の制度・組織・人事』東京大学出版会、1981年、239頁。
  3. ↑ 『東京帝国大学一覧 明治37-38年』学士及卒業生姓名 法学士 政治学科98-99頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年2月8日閲覧。
  4. ↑ 『官報』第1317号「叙任及辞令」1931年5月23日。

参考文献

  • 『東京帝国大学一覧 明治37-38年』東京帝国大学、1886-1912。 
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第3版』帝国秘密探偵社、1930年。