知里付神社

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知里付神社

拝殿
所在地 愛知県知多郡武豊町東大高池田34
位置 北緯34度50分13秒 東経136度55分3.6秒 / 北緯34.83694度 東経136.917667度 / 34.83694; 136.917667座標: 北緯34度50分13秒 東経136度55分3.6秒 / 北緯34.83694度 東経136.917667度 / 34.83694; 136.917667
主祭神 少彦名命
菅原神
社格等 従一位上
帳内社
旧郷社
十一等級
創建 (伝)垂仁天皇26年
別名 天神
天満宮
地図
知里付神社の位置(愛知県内)
知里付神社
知里付神社
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神社鳥居

知里付神社(ちりゅうじんじゃ)は、愛知県知多郡武豊町東大高にある神社。『尾張国内神名帳』の知多郡「智鯉鮒名神」に比定されている。

祭神

歴史

社伝によれば、垂仁天皇26年に少彦名命を祀って創建され、天暦9年(995年)に北野天満宮を合祀したという[1]。江戸期まで天神と称され、知多郡東大高村の氏神であった。「浦之島」と呼ばれる東大高村の枝郷に所在していた。江戸前期の『寛文村々覚書』には「東大高村...天神 当村祢宜 弥大夫持分 前々除」とある。江戸中期の『張州府志』も「天神祠...在東大高村」とする。江戸期には神宝として天神像を描いた古面2枚を所蔵していたという[2]。近世の神主は森下家で、『尾張徇行記』に「東大高村...火燈祢宜森下又右衛門書上二天満宮境内松林八反歩御除地、勧請ノ由来ハ不伝末社役行者堂」とある。森下家は北畠親房の末裔とされ、建武の新政の後に当地に住み着いたという[3]。

平安末期成立の『尾張国内神名帳』には「知多郡...従一位上 智鯉鮒名神」と記載がある[4]。写本によって表記には若干の異同があり、「正二位 智鯉鮒名神」「従一位 智里附明神」「従一位 智里付明神」とするものある[5]。訓が付されている写本では「チリフノ」と訓じている[5]。『延喜式神名帳』にはこの神社の記載はない。「智鯉鮒名神」の所在地は江戸期には不明となっており、天野信景は『本国神名帳集説』の中で具体的な神社に比定していない[6]。津田正生は『尾張神名帳集説乃訂考』の中で、「智鯉鮒名神」は戦国期に社地を失ったのではないかとした上で、この神社が現在の尾張八幡神社のことはないかとする説に言及している[7]。津田によれば、尾張国知多郡には三河国内の著名な神社を勧請する例が複数あり、「智鯉鮒名神」も三河国碧海郡の知立神社から勧請したのではないかとする[7]。

従一位 知里付名神 此やしろ、戦国の後、その在所を失へり 【一人曰】千田郡寺本庄中島村八幡宮は、寺本惣村の本居也。此宮昔は知立明神と呼げるを今は其名さへ知人なしといふ。社家下村氏 千田郡には隣国の名立有みやしろをとりて斉祀るものあり。本帳の智里付名神は、いかさま中島村の八幡の社地なるべし。本社は三河国碧海郡知立の駅に在。 — 『尾張神名帳集説乃訂考』

ところが江戸後期、『尾張志』が東大高村に所在していた当社を「智鯉鮒名神」に比定し、以降定説となった。『尾張志』によれば当社が「智鯉鮒名神」に比定された根拠は、当社所蔵の享徳3年(1454年)2月29日付の再興棟札に「智里付神社名神」と書かれていたためという[2]。天保15年(1844年)の東大高村の絵図には既に「知里付」と記載されている。明治5年に村社となり、明治40年10月に指定社となった[1]。昭和19年に郷社となり、昭和21年に熊野社を合祀した[1]。

所在地がかつて「浦之島」と称されていたことから、当社所蔵の玉手箱は浦島太郎が竜宮城から持ち帰ったという伝説がある。

境内

  • 本殿

交通アクセス

参考文献

  • 愛知県神社庁『愛知県神社名鑑』愛知県神社庁、1992年8月。doi:10.11501/13223261。NDLJP:13223261。 
  • 名古屋市教育委員会 編『名古屋叢書:校訂復刻 続編 第3巻(寛文村々覚書 下 地方古義)』愛知県郷土資料刊行会、1983年9月。doi:10.11501/12406397。NDLJP:12406397。 
  • 内藤東甫 等編『張州府志』 第1巻、愛知県郷土資料刊行会、1974年。doi:10.11501/12182046。NDLJP:12182046。 
  • 津田正生『尾張神名帳集説乃訂考』尾張大国霊神社、1978年8月。doi:10.11501/12264922。NDLJP:12264922。 
  • 深田正韶 等編『尾張志』 10巻、博文社、1898年3月。 
  • 三島健『国内神名帳の研究 資料編』おうふう、1999年。 

脚注

  1. 1 2 3 愛知県神社庁 1992, p. 157.
  2. 1 2 深田正韶 1898, p. 39.
  3. ↑ “第十八話 天の御柱・国の御柱”. たけとよ知恵袋. 武豊町観光協会. 2026年8月23日閲覧。
  4. ↑ “国内神名帳考異稿”. 愛知県図書館デジタルアーカイブ. 愛知県図書館. 2026年3月28日閲覧。
  5. 1 2 三島健 1999, p. 79.
  6. ↑ 天野信景. “本国神名帳集説”. 愛知県図書館デジタルアーカイブ. 愛知県図書館. 2026年6月29日閲覧。
  7. 1 2 津田正生 1978, p. 126.

関連項目

尾張国知多郡の帳内社一覧(式内社を除く)


神階・社名 比定社 位置 備考
従一位上 智鯉鮒名神
智里附明神
智里付明神
知里付神社愛知県知多郡武豊町大字東大高字池田34
(論)尾張八幡神社愛知県知多市八幡字荒古後86
従二位上 日長天神日長神社愛知県知多市日長字森下4
従二位上 成石名神
成石天神
(論)成石神社愛知県半田市宮本町4丁目106-8
(論)成岩神社愛知県半田市有楽町1丁目 13
従二位上 常石天神
トコナへ天神
(論)常石神社愛知県常滑市奥条7丁目23
(論)神明社愛知県常滑市栄町6-200
(論)熊野神社愛知県知多郡美浜町大字時志字北郷中
従二位上 天尾名神
天尾天神
天尾神社愛知県東海市大田町字清水脇37
正四位下 櫟屋天神(論)八社神社愛知県知多市金沢字郷中33-1
(論)県神社愛知県知多郡武豊町大字冨貴字森南44
正四位下 杞摩加天神
加祀摩天神
加知麻天神
(論)日間賀神社愛知県知多郡南知多町日間賀島北地72
従三位上 壬生天神(論)壬生神社愛知県知多郡美浜町大字河和岡ノ脇
(論)入見神社愛知県知多郡南知多町大字内海字中之郷21
従三位上 冨具天神冨具神社愛知県知多郡美浜町大字野間字冨具崎65
従三位上 伊具智天神
伊久知天神
伊久智神社愛知県知多郡東浦町大字生路字森腰79
従三位上 阿奈志天神(論)阿奈志神社愛知県知多郡美浜町大字豊丘字五宝75
従三位上 荒太天神荒太神社愛知県東海市荒尾町字稲葉45
従三位 野間天神野間神社愛知県知多郡美浜町大字上野間字高川16
従三位 武雄天神武雄神社愛知県知多郡武豊町字上ケ8熱田本は脱簡
従三位 海榅天神(論)海椙神社愛知県常滑市大和町6丁目17熱田本は脱簡
(論)津島神社愛知県常滑市樽水町4-78
従三位 豊石天神(論)豊石神社愛知県知多郡武豊町字明神戸60熱田本は脱簡
(論)北原天満宮愛知県知多郡阿久比町大字白沢字天神裏8-1
従三位 須男天神(論)須男神社愛知県知多郡南知多町大字豊浜字鵞麦5熱田本は脱簡
(論)津島社愛知県知多郡南知多町大字豊浜字鳥居28
従三位 神前天神
神崎天神
神前神社愛知県半田市亀崎町2丁目92熱田本は脱簡
従三位 廣石天神(論)廣石神社愛知県常滑市大字広目字竹之奥15熱田本は脱簡
従三位 箭比天神(論)箭比神社愛知県知多郡阿久比町大字矢高字石根37熱田本は脱簡
(論)八幡神社愛知県常滑市大字矢田字谷海道53
従三位 三御天神
美御天神
(論)天満社愛知県常滑市大字金山字西下手39熱田本は脱簡
(論)熊野神社愛知県常滑市熊野町2-77
従三位 小倉天神(論)小倉神社愛知県常滑市大野町2丁目164熱田本は脱簡
(論)小倉天神社愛知県常滑市小倉町2-25
従三位 鍬山天神(論)諏訪神社愛知県常滑市大字金山字菖蒲池61熱田本は脱簡
(論)子安神社愛知県大府市共和町子安90
従三位 乃野天神乃野神社知多郡南知多町大字山海字橋詰52熱田本は脱簡
従三位 久須天神久須神社愛知県知多郡南知多町大字内海字楠35熱田本は脱簡
従三位 業葉天神業葉神社愛知県半田市東本町2丁目18熱田本は脱簡