石井鼎

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石井 鼎(いしい かなえ、1863年(文久3年3月[1][2]) - 1916年(大正5年)5月22日[2])は、明治時代の政治家。衆議院議員。岐阜県会議長。岐阜県山県郡厳美村長。

経歴

美濃国山県郡、のちの岐阜県山県郡厳美村(芥見村・三輪村を経て現岐阜市)に生まれる[1]。

1888年(明治21年)9月、臨時選挙で県会議員に当選[1]。同常置委員、参事会員、県会議長を歴任した[1]。ほか、小学校監事、厳美村長を務めた[2]。

1898年(明治31年)8月の第6回衆議院議員総選挙では岐阜県第5区から出馬し当選[2]。衆議院議員を1期務めた[2]。

脚注

参考文献