石油ポンプ
石油ポンプ(せきゆポンプ)あるいは灯油ポンプ(とうゆポンプ)は液体ポンプの一種で、発明者による商品名は「ホースポンプ」である。本来は灯油を容器から石油燃焼機器などへ注入する道具であるが、任意の液体類を移し替えたり排出するのにも使われている。家庭用の簡易ポンプとして、日本ではプラスチック(合成樹脂)製の手動式灯油ポンプが広く使われている他、電池式の灯油ポンプもある。なお、石油を精製して作られる燃料の一つが灯油であり、石油ストーブや石油コンロの燃料は一般的に灯油であって、石油なら何でも使えるわけではない。
名称
プラスチック製の手動式灯油ポンプの名称として「灯油ポンプ」が広く使われている。1955年(昭和30年)年に発売された当初の名前は「ホースポンプ」で、いくつかは現在もホースポンプという商品名で販売されている[1][2][3][4]。なお、名前の由来はホースにポンプを取り付けたものだからである。日本産業規格(JIS)では「石油燃焼機器用注油ポンプ」として1963年(昭和38年)に規格化されており、「シュポシュポ」などの俗称で呼ばれることもある。
しばしば正式名称と勘違いされる「醤油チュルチュル」は灯油ポンプとは異なる形の「醤油びん(一升瓶)を立てたまま中身を醤油差しへ移せる道具」に中松義郎がつけた名前(商標登録はされていない)であるが、中松が名前をつけたと公表した1980年(昭和55年)頃より前に、その名前が使われていた事例は確認されていない。なお、中松は1958年(昭和33年)時点でこの道具を作った話をしているが、その時に名前についての言及はなく、灯油ポンプを発明したとも言っていなかった[5]。
英語では灯油ポンプはKerosene pumpであり、手動式のものはSiphon pump(サイフォンポンプ)やHand siphon pump(ハンド・サイフォン・ポンプ)などと呼ばれている。
構造

一般的な手動式灯油ポンプは全体がプラスチック(薬品や油に強いポリエチレンなど)で作られており、復元力のある握りポンプの上部にネジ栓(空気弁)があり、ポンプから下に液体を吸い上げるためのパイプ(吸入パイプ)が伸び、吸入パイプの付け根から横に液体を排出するための蛇腹のホース(吐出ホース)が取り付けられている。吸入パイプと吐出ホースの付け根部分にはそれぞれ液体の逆流を防ぐための逆止弁が設けられており、液体の流れは下の吸入パイプから横の吐出ホースへ一方向にしか流れないようになっている。また吸入パイプの先は液体の切れを良くするために斜めになっている。
ポンプは手動式のものが広く使われているが、乾電池を使った電動式のものもある。電動式では注ぎ口にセンサーをつけ、満タンになると自動的にポンプが止まる機能を備えたものがあり、灯油をあふれさせるトラブルを防いでいる。
使用方法

一般的な手動式の灯油ポンプでポリタンク(または金属製の石油缶)から石油ストーブに給油する場合、まずポンプ上部にあるネジ栓を締めたあと、下側のパイプをポリタンク(の中の液体)に差し入れ、横側のホースを石油ストーブの給油口に差し入れる。ポンプの握る・離すを数回繰り返すと、ポリタンクから灯油が吸い上げられ石油ストーブ側へ流れ込む。ここでポリタンク側の灯油の液面が、注ぎ込むホースの先(の液面)より上にあれば、ポンプを操作しなくても自動的に灯油は流れ続ける(サイフォンの原理)。給油を止める場合はポンプ上部のネジ栓を緩めれば流路に空気が入ってサイフォンの効果は失われ、灯油の流れが止まる。また、ポリタンク側の液面のほうが低くサイフォンの原理を利用できない場合は、ポンプを操作し続けることでも注ぐことができる。
ホース内に残っている灯油はネジ栓を緩めると流れ落ちる。注ぎ終わったら、まずホースを石油ストーブの給油口から灯油を垂らさないよう注意しながらゆっくり引き出す。次にパイプをポリタンクからゆっくり引き上げ、パイプ内に残っている灯油をポリタンクに戻す。最後に緩めたネジ栓を締める。
使用後は、内部に灯油が残ったままだと垂れて汚してしまうため、できるだけ灯油を切って布やペーパーなどで拭き取り、火の気のない場所で直射日光・高温を避けて保管する。保管は立てた状態でも横に倒した状態でも構わないが、立てた場合は内部にわずかに残った灯油が垂れてしまう可能性に注意すること。内部にわずかに残った灯油は数時間から数日で蒸発してなくなる。
歴史
現在と同じ形のプラスチック製の手動式灯油ポンプの発明者は斎藤正保(さいとうまさやす)である。1955年(昭和30年)、斎藤はホースの途中に握りポンプをつけた「ホースポンプ」を発明、そのきっかけは、車がガソリン切れで立往生したときに、他の車からホースを使い「サイフォンの原理」を用いて給油を試みるも、うまくいかないことが何度もあったことであった。そこでサイフォンの原理が働かない場合でも使えるようにホースにポンプを組み合わせ、実用新案の出願と同時に日本ホースポンプ社を創業、1956年(昭和31年)8月31日に日本ホースポンプ株式会社(本社、大阪市都島区)を設立した[6]。当初より、耐油、耐酸、耐薬のポリエチレンを使用したオールプラスチック製で、水、酒、醤油、農薬、ガソリン[注 1]などのあらゆる液体の移し替えを用途としていた[7][8]。
ある日、斎藤の妻が金属製の手動式ポンプで石油ストープへ給油していた所から着想を得て、形を変えたホースポンプの「ベビー型(石油コンロ用)」(実503836、実公昭34-012466[9])が現在の一般的な灯油ポンプである。ベビー型はポンプの上部にサイフォンを止めるためのネジ栓があり、横側のホースが蛇腹になっているなど、現在の灯油ポンプと同じ形をしている。後に同じ形で流量を増やした「デルデ型」[10][11]や、一升瓶を立てたまま醤油などを小瓶に小出しする「円満小出し[12]」(のちに「ママタッチ」[13]に改名)、ドラム缶用の「ドラムポンプ」、「足踏式」、熱帯魚用の「フィッシュ型」などが作られた。当初は売るのに苦労したが1956年(昭和31年)3月に大阪市立工業研究所が開催した「第3回 発明の商品化展」への出品[6][14][15]や、1956年(昭和31年)10月に名古屋市で行われた「第十回発明展覧会」で入賞してから売れるようになった[16]。灯油ポンプを指す言葉として「ホースポンプ」が説明なしに用いられることもあった[17]。1955年(昭和30年)頃から普及し始めた石油ストーブでは、当初は給油に漏斗か金属製ポンプが使われており[18][19]、漏斗はこぼしやすく危険であったが、ホースポンプが灯油ポンプ用として使われるようになり、1千万個以上(1979年時点)が売れ、大ヒットとなった[20]。
ホースポンプは1960年(昭和35年)前後の婦人雑誌(主婦の友、婦人倶楽部、婦人生活[21]、新婦人[22]など)で紹介されており、読売新聞でも広告され[23]、ラジオ大阪ではラジオ広告も行われていた[24][25]。主な販路は代理店販売[26]であり、複数の会社がホースポンプを取り扱っていた。また早くから灯油ポンプを開発してきたエムケー精工(当時は丸山工業株式会社)は、1963年(昭和38年)に「エムケーホースポンプ」という名前でホースポンプを発売[27][28]、現在も「ホースポンプ」の名前で販売している[29]。
1963年(昭和38年)12月、プラスチック製の灯油ポンプのJIS規格(JIS S 2037の旧規格)が制定された時、日本ホースポンプ社も素早く対応、少なくとも1964年12月には工場の一つが日本工業規格表示許可工場に指定されている[30]。なお斎藤はJIS専門委員[31]である。
斎藤は日本発明振興協会評議員、全国給油器具懇話会会長、石油燃焼器具JIS部会幹事などを務め、日本に灯油ポンプを広めた功績で、1962年(昭和37年)3月に大阪府知事表彰を受け、1962年(昭和39年)3月に特許庁長官奨励賞[32]、同11月に発明協会から特賞、1965年(昭和40)年3月にNHK発明協会第6回コンクール奨励賞、1968年(昭和43)年3月にNHK発明協会第10回コンクール入賞などを受賞[33]した。また、国から、1961年(昭和38年)9月に紺綬褒章、1972年(昭和49年)11月に黄綬褒章[34][35]を授与された。なお時期的にホースポンプとは無関係であるが、1944年(昭和19年)に勲七等瑞宝章も授与されている。
日本ホースポンプ株式会社は少なくとも1992年(平成4年)頃まで事業を行っていたことが確認されており、この時の代理店にはキッコーマン醤油、豊田通商、湯浅金物の名前がある[36]。
規格
灯油ポンプは日本産業規格のJIS S 2037として手動式や電池式のものが規格化されている。最初に制定されたのは、1962年3月の金属製石油ポンプ用の「JIS S 2028(石油燃焼器具用注油ポンプ)」であった[37]。翌年、1963年12月にプラスチック製石油ポンプの需要が高いとして「JIS S 2037(石油燃焼器具用プラスチック製注油ポンプ)」が新たに制定された[38]。当初は金属製とプラスチック製で別の規格であったが、JIS S 2028 は JIS S 2037(「石油燃焼機器用注油ポンプ」に改称)に統合され、1972年5月に廃止となり一本化された。
関連する発明や特許
灯油ポンプの原型や発想の元は木製や金属製のポンプであり、逆止弁がついていて液体を吸い上げるピストン式ポンプは紀元前から知られている。ここでは灯油ポンプに関連する発明や特許・実用新案としてしばしば名前がでてくるものを記す。
1907年には山縣時輔の考案による、ゴム球を使い、花瓶の水を排出する事を主な目的とした手動ポンプが「生花水吸取器」として特許登録されている[39]。逆止弁がついていないため、水を吸い上げる際には出口を指で塞ぐ必要がある。またサイフォンとして使う事は想定されておらず、すべての水を吸い出すためには何度もポンプ操作をする必要がある。
1926年にはVictor W Helanderによる、逆止弁と空気弁を備えた、現在のものと機能的に変わらない「Siphon pump」がアメリカ合衆国で特許登録されている[40]。
1947年には中松義郎が、醤油瓶を立てたまま中身を醤油差しへ移せる道具として、ポンプを組み合わせたサイフォン[注 2]を考案[5]、その構造を実用新案[注 3]として「サイフォン」の名で18歳の頃に出願し1949年に登録されている[42]。中松は1980年頃にこの道具に「醤油チュルチュル」と名付けたと明かし、中学2年生[注 4]の頃に作ったとして、自分が灯油ポンプを発明したと主張している[43]が、中松の「サイフォン」はサイフォン管にスポイト頭部のゴム球を組み合わせるという発想から生まれたもので、実用新案の内容は、ポンプ部分はばねのついたシリンダーを手で押し離しして上下させるもの(またはゴム球)で、管の長さを調整可能にするために管の途中にある逆止弁の先で取り外しできるよう工夫したものである。またポンプ上部にネジ栓を持たず、サイフォンを止めるにはピストンを押し込む必要があり[注 5]、横の管は蛇腹のホースではなく、(灯油用としては不適切な燃えやすい)硬いセルロイド[注 6]で作っていた[43]など、現在のプラスチック製の手動式灯油ポンプとは全体の形や素材、ポンプの仕組みや使い方が異なる。なお醤油チュルチュルは中松の逸話以外の情報が見つからず、それに類する物の販売広告、昔に買った話や見かけた話は(中松の逸話以外)確認されておらず、実物やその写真も公開されていない。
1952年に、丸山工業(現エムケー精工)が石油コンロへの給油を目的とした金属製のサイフォン式灯油ポンプ「ダイヤポンプ」(エムケーダイヤポンプ)を発売、同社発展の基礎を築いた[27][44][45]。自転車の空気入れのような形のダイヤポンプは、手押しポンプと同等の原理でピストンを手で引き上げる事で灯油を吸入する[46]。現在のエムケー精工はダイヤポンプの製造、販売をしていない。
その他

一般的なプラスチック製の灯油ポンプはガソリンには使えないので、ドラム缶から手動でガソリンを移す際などには、ガソリン対応と明記されているものか、手回し式やレバー式の金属製ポンプを使う。
1979年の映画『エイリアン』に登場するエイリアンの造形の一部として、日本製の灯油ポンプが彩色されて頭部両側に埋め込まれている[47]。
注釈
出典
- ↑ “ホースポンプ・プラオート ? MKeLIFE(エムケー精工)”. 2026年10月2日閲覧。
- ↑ “KOSHIN 70th History | 会社案内 | 株式会社工進 | KOSHIN PUMP | ポンプの工進”. 2026年10月2日閲覧。
- ↑ “ホースポンプ ベビー型 レッド|総合的理化学機器商社 株式会社三商のECサイト【SAN-WEB】”. 2026年10月2日閲覧。
- ↑ “灯油について | 東京燃料林産株式会社”. 2026年10月2日閲覧。
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- ↑ 『日本展望 1959年版』毎日新聞社、1959年1月1日、333頁。
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- ↑ 給油ポンプ – MKeLIFE(エムケー精工)
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- ↑ “JIS S 2028:1966 石油燃焼器具用注油ポンプ”. 2026年9月30日閲覧。
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- ↑ 特明13297
- ↑ US1582399A - Siphon pump - Google Patents
- ↑ 最初の特許 - 大豆生田利章ウェブサイト(インターネットアーカイブ)
- ↑ 特許・実用新案照会 実明368325
- 1 2 中松義郎『独創力の秘密 : 画期的アイデアはどこから生まれるか 着想のヒント・成功への秘訣』PHP研究所、1981年9月3日、43-51頁。
- ↑ エムケー精工の歩み|エムケー精工株式会社
- ↑ サイプラス スペシャル| 長野県のものづくりを応援する サイプラス
- ↑ 実公昭30-004952
- ↑ エイリアン・フィギュアの歴史が塗り変わる……。驚愕の逸品、コトブキヤ「ARTFX+ エイリアン/ ビッグチャップ」が凄すぎです | 豆blog / 豆ブログ:豆魚雷のフィギュアレビュー