神崎昌久

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神崎 昌久(こうざき まさひさ、1929年10月12日 - 2019年10月7日)は、日本の経営者。中山製鋼所社長を務めた。

来歴・人物

福岡県行橋市出身[1]。1954年に九州工業大学工学部機械工学科を卒業し、同年に富士製鉄(のちの新日本製鐵)に入社[1]。1985年6月に取締役に就任し、1989年6月に常務、1993年6月に副社長、1995年6月に常任顧問を経て、1997年3月に中山製鋼所最高顧問に就任し、同年6月には社長に昇格[1]。2006年6月には取締役相談役に就任[2]。

2019年10月7日に心不全のために死去[3]。89歳没。

脚注

  1. 1 2 3 興信データ株式會社 2003, こ136頁.
  2. ↑ 2006年 3月30日 日本経済新聞 夕刊 P3
  3. ↑ 神崎昌久氏が死去 元中山製鋼所社長2019年 10月9日 日本経済新聞

参考文献

  • 興信データ株式會社『人事興信録 第42版 上』興信データ、2003年。 
先代
中村武春
中山製鋼所社長
1997年 - 2006年
次代
藤井博務