ゆくはしし ウィキデータを編集
行橋市
行橋市旗 行橋市章
行橋市旗 行橋市章
1954年10月10日制定
国 日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 福岡県
市町村コード 40213-3
法人番号 1000020402133 ウィキデータを編集
面積 70.07km2
総人口 70,441人 [編集]
(推計人口、2025年2月1日)
人口密度 1,005人/km2
隣接自治体 北九州市、築上郡築上町、京都郡苅田町、みやこ町
市の木 モクセイ
市の花 コスモス
行橋市役所
市長 工藤政宏
所在地 〒824-8601
福岡県行橋市中央一丁目1番1号
北緯33度43分44秒 東経130度58分59秒 / 北緯33.72875度 東経130.98294度 / 33.72875; 130.98294座標: 北緯33度43分44秒 東経130度58分59秒 / 北緯33.72875度 東経130.98294度 / 33.72875; 130.98294
行橋市役所
行橋市役所
行橋市役所庁舎位置
外部リンク 公式ウェブサイト

行橋市位置図

■ ― 政令指定都市 / ■ ― 市 / ■ ― 町 / ■ ― 村

ウィキプロジェクト

行橋市(ゆくはしし)は、福岡県東部にある市。旧豊前国かつ旧小倉藩。

地理

行橋市中心部周辺の空中写真。
2009年4月30日撮影の14枚を合成作成。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。

福岡県東部に位置し、北九州市から南南東25km、大分県中津市から北西25kmの場所に位置する京築地域の中心都市である。市制施行前は京都郡に属していた。

行橋駅前を中心に市街地を形成しており、この東側には住宅や行橋駅前通りの沿道には商店等が集中している。近年は、北九州市のベッドタウン化が進み、駅の西側には大型ショッピングセンターやマンション等が多く建設されている。ベッドタウン化によって市制当初(1955年)の人口は4万人程であったが、2005年の国勢調査で人口が7万人を突破し、現在でも人口は増加傾向にある。その他に、新田原駅周辺にも市街地が形成されており、稲童地区には工業団地が整備されている。市域南西部では住宅は少なく、ほとんど水田地帯であり、この地域では農業が盛んである。

2006年(平成18年)3月16日には近隣の北九州市・苅田町にまたがって北九州空港が開港、2014年(平成26年)3月23日に市街地の西側にある東九州自動車道・行橋ICが国道201号(現道・バイパス)に接続した。また、行橋市には東九州自動車道・今川PAと今川スマートICもある。

地形

市域の東側には周防灘があり、そこに市を東西に貫く3本の川二級河川の今川、長峡川、祓川が流れ込んでいる。

また市域のほとんどが平野部(京都平野)で山地は少なく、山地は南西部のみやこ町と隣接する地域と、北東部北九州市と隣接する一部地域に存在する程度である。カルスト台地で有名な平尾台の麓に位置する。

市内中心部を流れる今川河畔は遊歩道として整備されており、春には川沿いに植えられた桜が満開となり、8月には夏祭り「こすもっぺ」の会場となる。

気候

気候は、瀬戸内海式気候で温暖であるが、冬場は日本海側気候の影響も出てくるため、玄界灘沿岸部ほどではないが、曇が多い天気が多く、雨・雪が降る日もある。一冬に数回程度の積雪に見舞われることもあるが、降水量は九州地方の中でも少ない地域であるため、年間を通して晴天に恵まれる機会が多い。

行橋(1991年 - 2020年)の気候
月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月年
最高気温記録 °C (°F) 20.1
(68.2)
22.6
(72.7)
26.5
(79.7)
29.8
(85.6)
32.2
(90)
35.3
(95.5)
37.6
(99.7)
38.5
(101.3)
35.8
(96.4)
31.3
(88.3)
26.8
(80.2)
25.5
(77.9)
38.5
(101.3)
平均最高気温 °C (°F) 9.6
(49.3)
10.5
(50.9)
14.0
(57.2)
19.1
(66.4)
23.8
(74.8)
26.5
(79.7)
30.4
(86.7)
31.6
(88.9)
28.0
(82.4)
23.0
(73.4)
17.4
(63.3)
12.0
(53.6)
20.5
(68.9)
日平均気温 °C (°F) 5.3
(41.5)
5.9
(42.6)
9.2
(48.6)
13.9
(57)
18.8
(65.8)
22.4
(72.3)
26.4
(79.5)
27.3
(81.1)
23.6
(74.5)
18.1
(64.6)
12.4
(54.3)
7.4
(45.3)
15.9
(60.6)
平均最低気温 °C (°F) 1.3
(34.3)
1.5
(34.7)
4.4
(39.9)
8.9
(48)
14.0
(57.2)
18.9
(66)
23.1
(73.6)
23.8
(74.8)
19.8
(67.6)
13.6
(56.5)
7.7
(45.9)
3.0
(37.4)
11.6
(52.9)
最低気温記録 °C (°F) −6.1
(21)
−8.1
(17.4)
−5.0
(23)
−1.8
(28.8)
2.6
(36.7)
7.5
(45.5)
14.7
(58.5)
16.7
(62.1)
7.3
(45.1)
1.9
(35.4)
−1.3
(29.7)
−3.8
(25.2)
−8.1
(17.4)
降水量 mm (inch) 74.0
(2.913)
79.2
(3.118)
118.8
(4.677)
141.3
(5.563)
160.1
(6.303)
309.0
(12.165)
343.5
(13.524)
159.6
(6.283)
165.9
(6.531)
94.6
(3.724)
82.3
(3.24)
65.0
(2.559)
1,793.1
(70.594)
平均降水日数 (≥1.0 mm) 9.8 9.4 10.9 10.1 9.0 12.5 12.3 9.5 9.7 6.4 8.3 9.1 116.9
平均月間日照時間 119.6 130.7 166.2 190.9 207.3 143.1 178.6 208.0 161.4 175.6 144.2 124.5 1,950.2
出典1:Japan Meteorological Agency
出典2:気象庁[1]

生活・経済圏

北九州市中心部から約25kmと比較的近い事から、昔から経済面、文化面などで北九州市との結びつきが強く、北九州市への通勤通学圏内である。北九州都市圏の10%通勤圏に属しており、特に小倉北区と小倉南区、苅田町への通勤通学人口が多い。また市内中心部には公立高校が2校あるため、京築地域全域からも多くの高校生が通学している。

また古来より田川地区との交流も盛んであり、行橋市と田川市の中間地点にある仲哀峠(現・国道201号新仲哀トンネル)は1日の交通量が2万台を越えるなど交通の要所となっている。他にも行橋駅と田川伊田駅を結ぶ平成筑豊鉄道田川線が今川に沿って伸びており、近代では筑豊地域の石炭を苅田港へ搬送する役割を担っていた。

隣接する自治体・行政区

人口

行橋市(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 47,843人
1975年(昭和50年) 53,750人
1980年(昭和55年) 61,838人
1985年(昭和60年) 65,527人
1990年(平成2年) 65,711人
1995年(平成7年) 67,833人
2000年(平成12年) 69,737人
2005年(平成17年) 70,070人
2010年(平成22年) 70,468人
2015年(平成27年) 70,586人
2020年(令和2年) 71,426人
総務省統計局 国勢調査より

歴史

7世紀ごろ、アジア大陸からの攻撃を防ぐために御所ヶ岳、馬ヶ岳周辺に山城が築かれ、約3kmにかけて城壁が設けられたとされる。現在でも良い状態で城壁は残されており、御所ヶ谷神籠石として国の史跡に指定されている。しかし、学説では多くの議論がなされているが、未だに不明な点が多く残されている。

1889年(明治22年)4月1日、町村制施行により、京都郡行事村と仲津郡大橋村・宮市村の区域をもって、行橋市の前身である行橋町が発足した。町名の由来は行事村の「行」と大橋村の「橋」の字を合わせて「行橋」と命名したもの。

江戸時代には中津街道(国道10号沿い)の宿場町として発展した。明治時代以降は京築地域の中心都市として現在に至る。筑豊地方にも近いことから、1960年代以前は筑豊炭田から国道201号、日本国有鉄道(現・平成筑豊鉄道)田川線を利用して石炭が輸送され、行橋市経由で苅田町の苅田港に輸送していた。

沿革

市町村合併

当初は京都郡犀川町・勝山町・豊津町及び築上郡椎田町・築城町と共に2001年頃から合併協議を進めていたが、2003年(平成15年)11月に築城町議会で豊築1市2町合併協議会設置案(2005年3月解散)が可決され、築城町が協議会を離脱し、合併協議会は同年12月に解散した。なお椎田町と築城町の2町は対等合併して2006年(平成18年)1月10日に築上町となった。

その後犀川町・勝山町・豊津町で合併勉強会を立ち上げるが、議員定数を巡り意見が折り合わず、この合併勉強会も解散した。この3町は対等合併して2006年3月20日、みやこ町となった。

歴代市長

代氏名就任年月日退任年月日備考
初-3末松實蔵1954年10月30日1966年3月13日
4-6金子忠1966年4月25日1976年5月13日不信任決議可決後、議会を解散し辞職[3]
7-10堀助男1976年6月27日1990年2月20日
11-13柏木武美1990年3月18日2002年3月17日
14-16八並康一2002年3月18日2014年3月17日
17-18田中純2014年3月18日2022年3月17日
19 工藤政宏 2022年3月18日 現職

行政

市長

市議会

消防

警察

公共施設

リブリオ行橋

選挙区

国防

教育

市内に大学、特別支援学校はない。

幼稚園

認可保育施設

現在、市内に公立認可保育施設は設置されていない。

認可保育園
認定こども園
小規模保育事業所A型
院内保育施設
届出施設

小学校

中学校

高等学校

専門学校

地名

旧・行橋町域
旧・泉村域
旧・今川村域
旧・今元村域
旧・椿市村域
旧・仲津村域
旧・延永村域
旧・祓郷村域
旧・稗田村域
旧・簑島村域
住居表示時に新設
住居表示時に廃止

経済・産業

農業

市域南部の新田原駅周辺は県内有数のナシ、モモ、イチジクなどの果物の生産が盛んであり、新田原地域の国道10号線沿いには果物の直売所も点在している。

漁業

島式漁港に架かる「長寿大橋」
沓尾長井漁港島を空撮

周防灘に面している行橋市は漁業も盛んで、シャコやワタリガニ(この地域ではガザミと呼ぶ)などがよく知られており、また、蓑島地区と稲童地区はカキの養殖を行っており、一般人も直売所で買うことができる(冬場のみ)。その他にアサリやマテガイ、キヌ貝などの海産物の産地であるため、春先から初夏にかけては潮干狩り(有料500円)で賑わっている。

なお、沓尾漁港は干満の影響で出漁に制約があり、長井漁港は漂砂・流砂のため埋没化が進んだため、2002年に沓尾と長井の両集落の中間位置に埋立による人工島を設け、沓尾長井漁港として統合された。本土とは長寿大橋で結ばれる[5]。

工業

新田原にはローム福岡本社工場が立地しており、稲童地区には工業団地が整備されている。

商業

ゆめタウン行橋

行橋駅東側は、京築地域屈指の商業地であり行橋駅前通り、えびす通り商店街には多くの商店が軒を連ねる。市街地を南北に縦断する福岡県道28号、行事付近の国道201号沿いには、商業施設・主要な金融機関が揃っており、隣接する京都郡(苅田町・みやこ町)、築上郡西部(築上町)との経済的結びつきが強い。1990年頃からは行橋丸和サンパル、ゆめタウン行橋、コスタ行橋などの郊外型ショッピングセンターの進出が進み、行橋駅前通り・えびす通り商店街は衰退しており、中心部が空洞化するドーナツ化現象も進んでいる。しかし、行橋駅前再開発により1999年(平成11年)に行橋駅が高架駅となり、駅東側には商業施設の進出が進んでいる。さらに2003年(平成15年)には駅高架下にフレスタゆくはし(現・えきまち一丁目)が開業したため、駅前東口を中心に活気を取り戻しているが、駅前商店街の衰退は依然として進んでいる。

一方で駅西側の安川通りには、前述のゆめタウン行橋等を始めとする大型駐車場を備えたロードサイド店舗の集積が進んでおり、郊外型の新たな商業エリアを形成している。

金融機関

特産品

医療機関

交通

北九州・中津方面には国道10号が南北に延びており、市内から北九州市中心部までは車で約30分。中津市までは車で約40分である。筑豊・福岡方面には国道201号が延びているため、田川市まで車で約50分である。2014年(平成26年)3月23日に東九州自動車道の苅田北九州空港IC-行橋IC間、同年12月13日には行橋IC-今川PA/SIC-みやこ豊津IC間が開通した[6][7]。

また日豊本線、JR行橋駅から北九州市小倉駅までは普通列車で約30分、快速列車で約20~25分前後で、特急列車では約15分である。また行橋駅から平成筑豊鉄道で田川市、みやこ町犀川方面へ行くことも可能である。

空港

北九州空港(北九州市・苅田町)が最寄り、車で約15分。

鉄道

行橋駅
九州旅客鉄道(JR九州)
平成筑豊鉄道

バス

かつては市内各地を西鉄バスが運行していたが2000年代に大半の路線を廃止し、地元のタクシー・貸切バス事業者である太陽交通が路線を引き継ぎ運行している。現在、西鉄グループの西鉄バス北九州が北九州市南部と行橋市を結ぶ一般路線バス1路線と、福岡市と行橋市をそれぞれ結ぶ高速バス2路線を運行している。

道路

高速道路
行橋インターチェンジ
今川パーキングエリア
  • E10 東九州自動車道
一般国道
主要地方道
一般県道

港湾

市内に重要港湾・地方港湾はなく漁港のみがある。なお、隣接する苅田町に苅田港が整備されている。

祓川河口の沓尾漁港は江戸時代には小倉藩の周防灘沿岸地域における主要な湊として位置づけられており、年貢米輸送や要人の移動等に用いられた。長州征討の敗戦で企救郡を占領されて以降は小倉藩唯一の湊となり、戊辰戦争出兵兵力の輸送も沓尾港から行われている。また、現在の蓑島漁港も、江戸時代は蓑島浦と呼ばれ、廻船業で繁栄した(当時蓑島は陸続きではなく島だった)。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

行橋赤レンガ館

出身者

政治家・実業家

芸能・文化人

スポーツ

脚注

[脚注の使い方]
  1. ↑ “行橋 過去の気象データ検索”. 気象庁. 2023年10月22日閲覧。
  2. ↑ 豪雨、新幹線止める 行橋では一万戸浸水『朝日新聞』1979年7月1日朝刊3版、23面
  3. ↑ 平野淳一 (2019年2月28日). “現職市長の任期途中の辞職・失職”. 甲南大学. 2019年10月28日閲覧。
  4. ↑ 歴代市長 行橋市
  5. ↑ 砂浜海岸における島式漁港の計画事例(沓尾漁港 ・道川漁港)
  6. ↑ 東九州自動車道(苅田(かんだ)北九州空港(きたきゅうしゅうくうこう)IC〜行橋(ゆくはし)IC)が平成26年3月23日に開通します 西日本高速道路株式会社 2014年1月16日付
  7. ↑ 東九州自動車道(行橋(ゆくはし)IC~みやこ豊津(とよつ)IC間)が平成26年12月13日(土曜)に開通します― 早期開通割引を期間限定で実施 ―(西日本高速道路 2014年10月24日)

外部リンク

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