秋谷昭治

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秋谷昭治
あきや しょうじ
生年月日 1931年3月11日
出生地 日本の旗 日本 埼玉県幸手市
没年月日 (2022-02-19) 2022年2月19日(90歳没)
出身校 東京医科大学卒業
前職 医師
現職 医師
所属政党 自由民主党
埼玉県の旗 第104代 埼玉県議会議長
在任期間 2002年3月26日 - 2003年4月
埼玉県の旗 埼玉県議会議員
選挙区 (東12区→)
(東13区→)
東14区
当選回数 5回
在任期間 1987年 - 2007年
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秋谷 昭治(あきや しょうじ、1931年3月11日 - 2022年2月19日)は、日本の医師・医学博士、政治家。日本医師会元代議員であり、埼玉県医師会参与。元埼玉県議会議員(議長経験のある自由民主党議員)。

経歴

幸手市出身[1]。東京医科大学卒業[1][2]。1987年、埼玉県議会議員選挙に東12区から自民党公認で立候補して初当選を果たした[3]。その後、1991年、1995年、1999年、2003年でも当選した[1][4][5][6][注釈 1]。また、2002年3月26日から2003年4月まで第104代同議長を務めた[7][8]。2007年の県議選に東13区から立候補したが、落選した[9]。落選後は医療に専念した[2]。このほか日本医師会の代議員も務めた[2]。

騒動

医療法人の経営を巡って、実弟と対立した事が報じられた[2]。

脚注

注釈

  1. ↑ 選挙区は1991年までは東12区だったが、1995年と1999年東13区だった[1][4][5]。2003年は東14区だった[6]。また、1991年から1999年までは無投票だった[1][4][5]。

出典

  1. 1 2 3 4 5 『毎日選挙全記録 1991統一地方選挙 43コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  2. 1 2 3 4 ベストブック「元埼玉県議会議長が病院経営で骨肉の争い 医療法人社団を打ち出の小槌に」『Verdad』第19巻第3号、ベストブック、東京、2013年3月、48-49頁。
  3. ↑ 「喜びの新県会議員」『埼玉新聞』1987年4月13日、朝刊、1面。
  4. 1 2 3 「流動政局受け激戦開始 県議選 無投票当選は23人 72議席で123人が立候補」『埼玉新聞』1995年4月1日、朝刊、1面。
  5. 1 2 3 「「景気対策」最大の課題に 県議選告示 無投票当選10人 残る84議席に153人」『埼玉新聞』1999年4月3日、朝刊、1面。
  6. 1 2 “埼玉県議会議員選挙 - 東14区候補者一覧 - 2003年04月13日投票 | 埼玉県”. 選挙ドットコム. イチニ. 2026年6月5日閲覧。
  7. ↑ 埼玉県議会. “第90代から”. 埼玉県. 埼玉県. 2026年6月5日閲覧。
  8. ↑ 埼玉県議会. “第104代 秋谷昭治議長”. 埼玉県. 埼玉県. 2026年6月5日閲覧。
  9. ↑ “埼玉県議会議員選挙 - 東第13区候補者一覧 - 2007年04月08日投票 | 埼玉県”. 選挙ドットコム. イチニ. 2026年6月5日閲覧。

外部リンク