『日本書紀』によると、応神天皇37年、天皇は阿知使主らを呉(中国南朝を指す[2])に派遣し、対して呉王は4人の縫工女(兄媛、弟媛、呉織、穴織[1])を献じたという。阿知使主らは、応神天皇41年に帰朝し、穴織をオオサザキノミコト(仁徳天皇)に献上したという[3]。
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