二代目竹中組
設立者竹中正久
本部日本の旗 兵庫県姫路市安田4-49
首領安東美樹
上部団体六代目山口組

竹中組(たけなかぐみ)は、兵庫県姫路市に本部を置く暴力団。山口組の二次団体である。

略歴

初代

二代目(旧)

山一抗争

  • 1985年1月26日、一和会常任理事悟道連合会会長石川裕雄が指揮し、一和会系二代目山広組若頭後藤栄治、同組行動隊長長野修一、実行犯の同組員長尾直美、同組員田辺豊記、同組員立花和夫は、大阪府吹田市のマンション「GSハイム第二江坂」の1階エレベーター前で、四代目山口組組長竹中正久、同組若頭豪友会会長中山勝正、同組組長秘書南組組長南力を銃撃し、中山勝正は4時間後に死亡、南力は即死、竹中正久は大阪警察病院で翌日死亡した。
  • 1985年2月1日、兵庫県警機動隊と岡山県警は、野球賭博開帳容疑で、二代目竹中組組長竹中武を逮捕し、1年5か月間拘留した。
  • 1985年3月24日、二代目竹中組系塚川組組員桃井省三は、兵庫県の甲子園球場の駐車場で、一和会特別相談役大川覚の長男を銃撃した。
  • 1985年10月27日、二代目竹中組系杉本組系輝道会会員清山礼吉と同会員山本尊章は、鳥取県倉吉市のスナックで、一和会幹事長補佐赤坂組組長赤坂進と同組員田中義昭を射殺した。
  • 1986年1月21日、二代目竹中組系大西組組員前田哲也と同組員山本孝道は、兵庫県加古川市で、一和会系加茂田組舎弟小野会会長小野敏文を射殺した。
  • 1986年2月27日、二代目竹中組系柴田会会員井垣道明と同会員星山勲は、兵庫県姫路市深志野の四代目山口組組長の墓前で射殺された。
  • 1986年5月21日、二代目竹中組系二代目生島組幹部北原智久と同組幹部大宮真浩は、大阪府大阪市の路上で、一和会副本部長中川連合会会長中川宣治を射殺した。
  • 1988年2月17日、兵庫県警は、兵庫県神戸市東灘区御影の路上で、竹中組若頭補佐増田組組長増田国明と同組員西浦恵信の乗車していた車内から拳銃4丁、アメリカ軍用M67型手榴弾2個、実弾25発を発見し、現行犯逮捕した。
  • 1988年5月14日、二代目竹中組組長秘書安東会会長安東美樹らは、兵庫県神戸市東灘区御影の一和会会長山本広の自宅前で、警備中の警察官3人を銃撃した。
  • 1988年10月1日、二代目竹中組系二代目西岡組組員山下竜二が、愛媛県松山市の全日空ホテル前で、一和会系神竜会会員を銃撃し、神竜会会員は翌日死亡した。
  • 1989年2月27日、四代目山口組若頭補佐に就任した。
  • 1989年3月30日、一和会会長山本広は、引退と一和会の解散を表明した。
  • 1989年4月27日、三代目山口組若頭二代目山健組組長渡辺芳則は、五代目山口組組長に襲名した。
  • 1989年6月5日、四代目山口組若頭補佐二代目竹中組組長竹中武、四代目山口組舎弟二代目森川組組長矢嶋長次、四代目山口組若中森唯組組長森田唯友紀、四代目山口組若中二代目牛尾組組長牛尾洋二は、山一抗争終結に反対し、離脱後、解散した一和会に報復を続けた。
  • 1989年7月28日、二代目竹中組組長竹中武は、独立組織と成り、竹菱の代紋を掲げた。

山竹抗争

  • 一和会会長山本広の引退と一和会の解散を引き換えに山本広の命を保証した五代目山口組は、解散した一和会に報復を続ける二代目竹中組を一方的に攻撃する山竹抗争に突入した。
  • 1990年3月5日、二代目竹中組組員熊原健裕は、岡山県岡山市十日市東町の自宅で射殺された。
  • 1990年3月12日、二代目竹中組幹部八栗拓一は、鳥取県倉吉市のJR倉吉駅前で射殺された。
  • 1990年6月18日、岡山県警は、解散した一和会本部長松本勝美の自宅を襲撃した首謀者として、二代目竹中組組長竹中武を逮捕した。
  • 1993年8月27日、山本広が病死し、山竹抗争は終焉した。
  • 2008年3月15日、二代目竹中組組長竹中武は、病死した。

三代目(旧)

二代目(新)

2015年9月10日、六代目山口組は既存の二代目柴田会(会長:安東美樹)を改編する形で、竹中正久を初代とする竹中組の名跡を復活させ、安東美樹が二代目竹中組組長を襲名した。

歴代

組織

二代目(新)

出身

佐藤組

離脱

杉本組

二代目西岡組

大西組

注釈

竹中一族

出典

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