竹沢太一

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竹沢太一

竹沢 太一(たけざわ たいち、1871年3月8日(明治4年2月7日)[1] - 1945年(昭和20年)3月20日[2])は、日本の政治家。衆議院議員(2期)。

経歴

千葉県出身[2]。アメリカカリフォルニア大学、フランステオドル大学に学ぶ。パリ林正忠商店勤務、帰国後、農商務省嘱託、東京市博覧会主事、シャトル万博、リエージュ万博各日本出品協会事務局長、台湾総督府嘱託、サンフランシスコ万博、リオデジャネイロ万博各事務局長を務める[2]。安房銀行監査役、日本漁業、安房酒造各(株)取締役、明治製菓(株)監査役となる[2]。

1920年の第14回衆議院議員総選挙において千葉9区から立憲政友会公認で立候補して初当選[3]。1924年の第15回衆議院議員総選挙では政友本党公認で立候補したが落選[4]。1930年の第17回衆議院議員総選挙では千葉3区から政友会公認で立候補したが落選[5]。1932年の第18回衆議院議員総選挙で復帰した[6]。1936年の第19回衆議院議員総選挙で落選した[7]。1945年死去。

脚注

  1. ↑ 衆議院『第四十三回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1920年、11頁。
  2. 1 2 3 4 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』388頁。
  3. ↑ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』65頁。
  4. ↑ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』72頁。
  5. ↑ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』90頁。
  6. ↑ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』99頁。
  7. ↑ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』107頁。

参考文献

  • 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。