かさはら まさひろ 笠原 将弘 | |
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| 生誕 |
1972年9月3日(52歳) |
| 別名 | マスター |
| 出身校 | 東京都立南高等学校卒業[2] |
| 職業 |
料理人 文化人タレント 料理本作家 料理YouTuber |
| 活動期間 | 1991年 - |
| テレビ番組 |
『情熱大陸』 『徹子の部屋』 『ノンストップ!』 『おかずのクッキング』 『きょうの料理』 『あさイチ』 『人生最高レストラン』 |
| 配偶者 | 独身(2012年死別) |
| 親戚 | 笠原章弘(従弟) |
| 受賞 |
「世界料理学会 日本代表賞」受賞 「第10回料理レシピ本大賞<料理部門>」入賞 |
| 公式サイト | 公式ホームページ |
| 笠原将弘 | ||||||||
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| YouTube | ||||||||
| チャンネル | ||||||||
| 活動期間 | 2023年6月10日 - | |||||||
| 登録者数 | 61.1万人 | |||||||
| 総再生回数 | 68,537,335 回 | |||||||
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| チャンネル登録者数・総再生回数は 2024年04月10日時点。 | ||||||||
笠原 将弘(かさはら まさひろ、1972年9月3日 - )は、日本の料理人、文化人タレント、料理本作家、料理YouTuber、実業家。東京都恵比寿の料亭「賛否両論」オーナー兼料理人。東京都品川区武蔵小山出身。
東京都品川区武蔵小山生まれ。実家は焼き鳥店「とり将」を営んでいた[3]。
中学生の頃、パティシエの世界大会で活躍する日本人のテレビ番組を視聴して感銘を受ける。この当時、笠原の家にはオーブンがなかったが、ケーキを作ってみたくなったため祖父におねだりをして買ってもらう。お菓子作りの腕はメキメキとあがり、父の店に来る客に配っては喜ばれ、料理を提供する喜びを覚える。将来はパティシエ(当時の言葉ではケーキ職人)になりたいと憧れを抱くようになる[4]。
1988年(昭和63年)、東京都立南高等学校に入学。16歳の時に母が大腸ガンで死去。
高校卒業後、日本料理の「正月屋吉兆」で9年間修業する[5][6]。
2000年(平成12年)、胃ガンを患っていた父が他界[5][6][3]。父が長年守ってきた店を継ぐ。当初は常連も離れ閑古鳥が鳴く始末だったが、徐々に軌道に乗り、2年目には予約が取りにくくなるほどの人気店となる。
2004年(平成16年)9月、「とり将」が30周年という節目を迎えたことをきっかけに閉店。地元を離れ、恵比寿に自分の店となる「賛否両論」を開店[6]。独自の感性と味覚で作り上げた日本料理が評判となる[5]。
2004年(平成16年)、料理店「タツヤ・カワゴエ」の川越達也らと4名で「CESSA(セッサ)」を結成[1]。
2010年(平成22年)世界料理学会 日本代表賞受賞[7]。
2012年(平成24年)、フジテレビ系列平日午前の生活情報番組『ノンストップ!』にて、火曜日レギュラーコーナー「笠原将弘のおかず道場」を担当する[5]。
2013年(平成25年)9月、名古屋店、2014年(平成26年)6月、広尾に「賛否両論メンズ館」(=のち「賛否両論 はなれ」に改名)を開店[8]。
2023年(令和5年)6月10日より自身のYouTubeチャンネル「【賛否両論】笠原将弘の料理のほそ道」を開設。開設3か月で登録者が30万人突破[10]。
2023年(令和5年)9月11日、主婦の友社から出版された『和食屋がこっそり教えるずるいほどに旨い鶏むねおかず』が、第10回料理レシピ本大賞<料理部門>入賞[11][12]。10月から12月放送の連続ドラマ「あたりのキッチン!」の料理監修を担当[13]。
2024年(令和6年)1月1日に起きた令和6年能登半島地震にて笠原の弟子で恵比寿店で働く従業員が石川県穴水町に帰省中に震災にあい死去[14]。
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