篠原一計

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篠原 主計
時代 戦国時代
生誕 不詳
死没 天文18年(1549年)
別名 一計
官位 不明
幕府 室町幕府
主君 織田信秀
氏族 尾張篠原氏
父母 不詳
妻 竹野氏
子 長重、まつ[注釈 1]
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篠原 一計(しのはら かずえ)は、戦国時代初期の武将。子に長重、まつ(前田利家の妻)がいる。正しくは篠原 主計と表記する。

尾張の戦国大名・織田信秀に仕えて弓頭をしていたが、天文18年(1549年)に戦死したと言われている。妻の竹野氏は長齢院(前田利家の母)の姉である。

篠原の家は、後に加賀藩で4000石を領した篠原織部家、3000石を領した篠原監物家に繋がる。

注釈

  1. ↑ 近年では、沖之島(愛知県あま市七宝町)の郷主・林常信の娘で主計の養女になったという説もある。