篤仁王

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篤仁王
閑院宮家
続柄 閑院宮載仁親王第1男子

全名 篤仁(あつひと)
身位 王
敬称 殿下
出生 (1894-07-09) 1894年7月9日
死去 (1894-07-10) 1894年7月10日(0歳没)
埋葬 1894年7月12日
豊島岡墓地
父親 閑院宮載仁親王
母親 載仁親王妃智恵子
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篤仁王(あつひとおう、1894年〈明治26年〉7月9日 - 1894年〈明治26年〉7月10日 )は、日本の皇族。閑院宮載仁親王の第1男子。母は、三条実美公爵令嬢・智恵子。身位は王で、皇室典範における敬称は殿下。

生涯

1894年(明治26年)7月9日、閑院宮載仁親王と同妃智恵子の第1男子(第1子)として誕生したが[1][2]、翌7月10日に薨去した[1][3]。遺体は同年7月12日、閑院宮邸から運ばれて、豊島岡墓地に埋葬された[4]。0歳没。

親族

脚注

参考文献

書籍
官報